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日本占領政策 [日本(人)]

 教育基本法の制定過程などと同じく、皇族の臣籍降下に関しても、総司令部はあたかも日本側が自主的に改革しているかのような体裁を取らせつつ、実はその後ろで、皇室財政を逼迫させるなどで臣籍降下への圧力をかけていた。総司令部の日本占領政策は極めて巧妙だった。

語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」
竹田 恒泰 (著)
小学館 (2005/12)
P196

関門海峡 (3) (Small).JPG関門海峡

P208
既に述べたとおり、「直宮以外の皇族全て臣籍降下させる」という総司令部の意向が事前に宮内省に伝えられ、宮内省が主導する形で皇族の整理が進められた。
最終的には十一宮家の皇族五十一人が自らの意志によって皇籍を離れるという形がとられたのだが、実際には総司令部の強い意向によるものであり、一定の圧力がかけられたと考えるべきである。しかもダイク意見書からは「天皇を残す代わりに皇族の大半を整理する」といったようなニュアンスが読み取れるため、総司令部はアメとムチを使って皇室改革を推し進めたと見てよい。

P48
 アメリカ軍の占領時代、日本は戦争中と同じような言論統制の下にありました。
戦前の内務省の伏字の検閲よりもはるかに狡猾で悪質な、検閲をしたことの痕跡すら残さない、占領軍当局の情報操作もありました。それもあって日本の大多数の国民は、新憲法は自分達の憲法だと感じたのでしょう。
~中略~
 問題はこうしたダブル・スタンダードで日本占領に成功したという事実がアメリカ本土ではほとんど知らされていないということです。

P51
もとより日本の上層部は、新憲法が占領軍によって日本に押し付けられたことは承知していました。
現在の東大教養学部に相当する旧制の第一高等学校では、一九四八年春のある日、全員が講堂に集められて憲法制定に関係した法学者の特別公演が行われました。
一九四六年その法学者が呼び出されて行くと憲法草案とその英訳文を見せられ意見を求められたそうです。
「ところがある条は日本語原文がないのにその英訳なるものはすでにありました」と聞かされて学生はどっと笑いましたが、法学者の狙いは「この新憲法なるものは、実際は日本人が起草したのではなく、占領軍が原文を日本側に押し付けたのだ」という、当時世間には伏せられていた真実をそれとなく伝えるためでもあったのです。

日本人に生まれて、まあよかった
平川 祐弘 (著)
新潮社 (2014/5/16)
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