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日本人の信仰 [日本(人)]

  死者の霊を祀るというのが、そもそも日本人の信仰の基本だった。その点では神道も仏教も変わりがなかった。
死者の霊を祀るということは、つまり祖先崇拝のことである。
このような信仰の歴史を無視しては、慰霊という問題も明らかにならない。

 死者のことを「ほとけ」(仏)という。どんな人間でも死んでしまえば「ほとけ」といい、「ほとけ」として弔ってきた。
仏教の本家であるインドでは、「仏」とは修行を積んで悟った人間のことを指すのに、なぜ日本ではそういうことになったのか。

 インドの浄土教では、修行を積んだ人間は死んだあと、西方十万億土の浄土に往生すると考えられていた。
この考え方が日本文化に伝えられると、「浄土」は日本の風土に合ったように読み替えられてしまった。
われわれの生活圏からどこにでも眺められる山や丘や森、そこに浄土があると想像し、山中に浄土あり、という信仰が芽生えたのである。

 これがわが国における神仏習合の原型といっていいだろう。死者の魂を、神や仏と同一視してきた祖先崇拝の特色である。
「死者ボトケ」に対する崇拝が、先祖の霊に対する慰撫・鎮魂の儀礼として発達していったのである。

~中略~
それが、明治の文明開化のかけ声とともに打ち破られることになった。明治国家がおこなった二つの宗教政策、「神仏分離」と「政教分離」である。
「神仏分離」というのは、神か仏か選択せよと迫る心の世界に対する強制だった。「神も仏も」という神仏共存の伝統的観念が、西欧基準の「あれかこれか」の二者択一の理念に取ってかわられたのである。

山折 哲雄 (著)
天皇の宮中祭祀と日本人―大嘗祭から謎解く日本の真相
日本文芸社 (2010/1/27)
P237

-f62b4.jpg三徳山入り口

 

天皇の宮中祭祀と日本人

P37
われわれはいろんな自然のイメージの中に先祖の影や魂の気配を感じてきた民族なんでしょう
山折哲雄

P37
山折 イスラム教徒はよみがえるかもしれないけれど、日本は生まれ変わりの感覚が強いですね。生まれ変わりの思想というのは、日本的な輪廻転生でしょう。インドまでいくと、極めて広大な輪廻転生の世界がある。

ところが日本人の輪廻転生観はずっと身近なんだ。お祖父さんの魂が、もっといえばお祖父さんそのものが、たとえば孫の世代によみがえる。顔も良く似ているとか、そう思わせる要素もあるしね。
名前の世襲なんて、この感覚が根底にあるんじゃないかな。とはいえ、必ずしもみんな科学的な真実として信じているわけではない。
曖昧なうちに、なんとなくそうなんじゃないかって感じている。

日本人は迷信や俗信を曖昧なまま信じていながら、逆に冷静にさめているところがありますからね。
山折哲雄

P48
玄侑 日本人は無神論とか無宗教という言葉を気軽に使い過ぎているような気がします。
無宗教と簡単にいっても、実はもう避けがたくどなたにも宗教的ななにものかが浸透しているものなんだろうな、という気がしました。

山折 私は大学時代にインド哲学を学んだでしょう。インド直伝の仏教学ですね。講義でも教科書でも、あるいは参考書を読んでも、仏教では霊魂の有無を論じないって書いてある。霊魂の問題には一切触れないという仏教学のテーゼですね。霊魂はタブー視されていたわけですよ。ところが、インド哲学の恩師が定年後に亡くなられて、築地本願寺でお葬式がありました。
仏教学やインド哲学の錚錚(そうそう)たる先生たちが弔辞を読まれたのですが、冒頭に必ず先生のご霊前に捧げますっていう、論じてはいけないはずの先生の霊魂を前提にした弔辞なんですよ。
建て前では一切語るなといいながら、実際に人が亡くなった時には、どうしても霊魂の存在は無視できない。

最初は学問的にはこれは矛盾である、いったいどうすればいいんだなんてかなり考えましたけれど、この二重構造こそが日本人の信仰なんだと思いなおしてほっとした(笑)。
霊魂の存在を無自覚のうちにも認めなければ日本の仏教は成立しないんです。

P50
 六十代から七十代の友人たちと話していると、最近、墓とか骨のこと、遺骨のことについて相談されることがしばしばあるんです。私たちの世代はさっきも言ったけれど、戦後民主主義の第一陣でしょう。みんな無神論者ですよ。おまけに共産主義者か社会主義者(笑)。
私もそうでしたけれども、死後なんかどうでもいいって連中ばっかりでした。
その連中が、お墓はどうの、遺骨がどうのと言っているんですよね。お前は唯物論者だったじゃないかって言ったら、それとこれとは違うんだって反論された。

日本人は唯物論者だろうが無神論者だろうが、宗教は嫌いだけれども墓が好きなんだ。宗教嫌いの墓好き(笑)。

玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)

 
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P176 が、さりとて、昔の仏教信者の友から、私をひき離したことはありませんでした。私はキリストの父なる神にまことを捧げると同時に、祖先を敬い故国の友が最高にして至聖なるものと信じている信仰をも尊敬しております故に、故国の友もまたこの奇妙な私の信仰をもあがめかつ尊んでくれるのでございます。

P279
人々の生活の中で八百万の神々は親しみぶかい神々様、現実的な神々様、実在を暗示する神々様であります。
私どもは親しみを持って、この神々様を仰ぎ、静かな感謝と敬愛の心をもって、神々様の祀りのつとめに奉仕しております。
祀りを怠ったとしても、天から罰せられることの恐れはさほどでなく、むしろ、敬いに欠けたことを恥しいと思うのでございます。
この恥ということこそ、日本人の心の重荷となるのです。

家の仏壇を仰ぎますと、ご先祖方が見守っていて下さることを思い、香をたきお経をあげて、感謝のしるしといたします。
火の神様は厨房を守り、かまどに立てる御幣はこの神を祀るものです。米の神様は釜の火の穢れいみ、小川、大河を恵む水の神様は井戸水の汚れをいみ給い、七福神はいたるところで喜び迎えられ、殊に商人の敬う大黒さまと恵比須さまは、お店の棚に鎮座してその家の繁盛の守り神となっています。寺の大門の両側にあられる、こわい顔の仁王さまも、けっしてこわい神さまではなく、危険を防ぐ守り神なのです。
空の神、雷様、風の神様、雨の神様など、みな人間の守り神様であられ、これらすべての神々様の上に立ち給う日の御神様は、わが皇祖のの神とあがめられ、恵の光をもって、日本全国を守り給うのでございます。

 これら数々の神々様は仏教の諸仏と混淆されていますが、これは日本人全体が神仏両方への信仰を懐いているからです。
もし、古い仏典にみえているままの地獄の神々様をとり入れていますなら、恐ろしい神々になったことでありましょうが、日本の宗教は決して恐怖の宗教ではありません。
まして、年二度大祓いの日が定まっていまして、この日には国中の一切の罪と穢れを祓い去り清められることになっております。~中略~

私どもはどの神さまをも恐れるということはありません。神道では、死そのものすら、一片の浮雲の間を過ぎる刹那であって、その雲を通りぬけますと、久遠の光の中に到るのだと教えられております。
 日本の国民生活の上に、大きな力となり、国民精神を強く特徴づけているものは、神々様よりも、むしろ、人が作った因習です。

杉本 鉞子 (著), 大岩 美代 (翻訳)
武士の娘
筑摩書房 (1994/01)

 

武士の娘

>>>日本の四季と宗教観

 

 神も仏も信じなかった森鴎外が、同じく無神論者の孔子の言葉を引いて、「祭るにますが如く」といったのを思い出す。
「祭る」は「祀る」こと、「ます」は「在(いま)す」のことである。
蔵書を寄贈してしまい調べられないが、意味は神の祀ってあるところは神が在すように崇めなさいということであろう。科学者森鴎外の宗教観を暗示する言葉だと、感心して覚えている。

 神を祀るところには神が宿る。四本の青竹で囲った庭にも、しめ縄を張った竈にも、日本人の神は宿る。こういう信仰の形を持った日本人は寛容な国民だ。
私は科学を業とするするものとして迷信などは信じないが、神仏を尊崇する心はある。
神社に行けば拍手を打って拝礼するし、仏閣では香を手向けて祈る。キリスト教会でもイスラムのモスクでも、ひざまずいて礼拝する。死者には悼み祈る。ましてや戦いの犠牲者には、深い鎮魂と哀悼の念を示す。
~中略~

 しかし、信仰が政治に利用されることの恐ろしさも知っている。
ついには戦争やテロ行為にまで広がる不寛容さは、本来の宗教にはない。
また、他人の信仰に、政治的に容喙するのも見苦しい。中東やインド北部の紛争は、これに起因している。
 信仰は厳密な意味で、個人的なものである。

>>>祭るに在すが如くす

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P169

 公家社会では死・出産・月経などに関わると体や器物が穢れてしまい、さらに穢れは発生源を離れて人や場所に伝染すると考えられていたため、穢れに触れた者は穢れが清められるまで神事や参内を慎まなければならなかった。
とくに為政者である将軍や天皇、およびその家族の死をめぐる穢れは重いものと認識されていた。さらに「天下触穢」となれば歌舞音曲が停止となるので、能を催すなどもっての外であるし、まして祝言などの慶事は延期である。
 江戸幕府五代将軍徳川綱吉がもに服する期間を服忌令(ぶつきりょう)として整えたことで、民間社会にも死の穢れによって喪に服さなければならないという観念が周知徹底するようになった。

福田 千鶴 (著)
江の生涯―徳川将軍家御台所の役割
中央公論新社 (2010/11)
P101

福田 千鶴 1961年(昭和36年)、福岡県に生まれる。九州大学大学院文学研究科博士後期課程中途退学。博士(文学、九州大学)。専攻、日本近世政治史。東京都立大学人文学部助教授などを経て、九州産業大学国際文化学部教授

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