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西欧とアラブ [国際社会]

  日本人が何の苦もなく当然のことのように日本人という意識を持っていた明治の中ごろでさえ、統一イタリアの政府は、ジェノア人、フィレンツェ人、ヴェネツィア人という意識を払拭して「イタリア人」という意識を植えつけるため、非常な苦労をしているからである。

~中略~
 この点ヨーロッパは、そしてアメリカも、地域の国であり、「属地法民族」だといえる。
すなわちその土地で出生し育ちかつ永住している者はもとより、その土地に来たものは、人種・宗教・性別・年齢を問わず、その土地の法に従わねばならないわけである。そして日本人は、さらにこれが徹底している。というより他の状態を考える能力がないと言った方がよい。
 しかし遊牧民には、属地法は適用できない。現代ですら、一部のアラブの国の国境線は存在せず、ベドゥインはそこを自由に通過して出入りしている。出たら他国の法に服し、入ったら自国の法に服す、などということは、有史以来この世界ではナンセンスであった。

~中略~
ー従って海面に区画して法を施行するのが無意味なように、この世界で人びとを律するものは。「属人法」しかない。「らくだの背にあるものがどこに住み、今どの場所にあるか」ではなく、移動する「集団のどれに属するか」である。
 そして古代においては、否一部の国では現代でもなお、集団とは宗団であった。従ってこういう世界での一宗教の創立は、ある国のある地方の「独立宣言」に等しく、当然一つの政治問題となり、一種の独立戦争のような状態を現出せざるを得ないわけである。

 従って「マホメットの行動は全く政治的である。一帝国を創設した彼を宗教家というべきか、政治家というべきか」という設問も、「パレスチナ問題は民族の争いか、政治の争いか、宗教の争いか」という質問も、ほぼ同質・同水準の、応答に耐えざる愚問という以外にない。

イザヤ ベンダサン (著), 山本 七平 (著)
中学生でもわかるアラブ史教科書―日本人のための中東世界入門
祥伝社 (2007/07)
P51

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P68
新約聖書が西欧に与えた影響は確かに決定的である。一時代前の彼らは二言目には聖書々々といい「聖書に記されている如く・・・」といえば「異論の余地ない・・・・」の意味であり、「福音書に示されている如く・・・・」といえば「明々白々」の意味であった。しかし、この短い書が彼らの全生活を律しているのでなく、そこにはローマ法以来の法的秩序とギリシア的な論理の世界があった。

 この点イスラム教徒はある面では同じで、彼らは沃地へ出て行くとともに、そこに長くは数百年生活していた北アラブ人の「法的伝承」を採用し、これに従わざるを得なくなった。

~中略~
ここに、イスラム法の制定と解釈を行い、同時に裁判官も兼ねるウラマー(常識者)という階級を生じた。
 だがこの問題では、西欧と中東には大きな差がある。キリスト教はローマ法の世界に伝道で進出していったので、はじめから法と宗教を対立的にもとらえることができたが、イスラム教徒は進駐軍・支配者として進出したため、いわば法的「伝承」をコーランと無理にも結びつけて、すべてを「宗教法」の形で一体化して権威ずけ、それで社会を律してしまった。 従ってイスラム制には「法と宗教」という対立関係はなく。「法の下における宗教団体の平等」「法の下における個人の宗教的自由」といった考え方はない。従って個人主義とは両立しない。

P218
日本のような国を例外とすれば、いずれの宗教圏であれ「正典」(キャノン)が文字通り「尺度」(キャノン)であることは否定できない。しかし欧米が「表が世俗社会でも、芯もしくは骨格は宗教法的発想をする社会」で、小室直樹氏の言われるように「アメリカは宗教的社会と理解したほうが誤解が少ない」なら、中東はその裏返し、すなわち「表は宗教方社会で、芯または骨格はむしろ世俗的発想をする社会」といえる。
この点だけでも相当にややこしい。
 さらに考えねばならぬことは、矢野暢(とおる)氏の「現在の社会科学はすべて封建制を経過した国々から生まれてきたが、これらの国々は人類全体からみればむしろ例外である」といった意味の指摘である。
 いわば現代の政治学も社会学も、またそれを基とした常識や通念も、「封建制経過の国々」にだけ通用し、これが通用する国々を「世界」と考えるなら、東南アジアは「反世界」とも言うべき存在になると同氏は指摘されるが、この「反世界」という規定は中東にもあてはまる。 P202
アラブ人はたいへんな反西欧・反アメリカ的人間だと勝手に思い込み、「十字軍以来の怨念」だとか「キリスト教とイスラム教の相克」とかいったような俗説が平然と通用してしまう。
 だが、ちょっと現実に目をやれば、こういう考え方がどのくらい現実離れをしているかは、すぐ気づくはずである。ホメイニ師の亡命先はパリであって決して日本ではない。英語、フランス語、独逸語は通用しても、日本語のできるアラブ人はまず例外である。
 では彼らは欧米ベッタリなのか。決してそうではない。簡単に言えば非常に屈折して愛憎両端があると言える。いわば単純に「愛」とも「憎」とも割り切れない関係、少々奇妙な言い方だが、この三者は一種の「深い仲」なのである。
 その点で日本人は、簡単に言えば「赤の他人」であり、石油を売り、プラントやトランジスタ・ラジオを買う相手にすぎず、文化的・宗教的には無関係である。そして人はだれでも「赤の他人」には鄭重に挨拶するし、お世辞も言うだろう。

P222
 日本にとって中東問題とは、石油問題であることは否定できない。少数の例外者を除けば、中東に石油が出なくなるか、エネルギー転換その他で、石油問題そのものが解決すれば、その日から日本は中東を忘れてしまうであろう。
~中略~
欧米は決してそうでなく、その関係は、日本と中国・韓国との関係と似た点がある。いわば「四書五経」という正典を共有したように、旧約聖書という正典を共有した間柄であり、また戦争もし通称もした。またイスラムも、キリスト教徒・ユダヤ教徒はジンミー(正典の民)として、自分と関連ある者と考えてきた。日本はそうでない。

P94
イスラエル独立直後に移住した七十万人は、西欧からでなくアラブ圏からだ、ということからはじめねばなるまい。不思議なことに(いやとうぜんのことに、かも知れぬ)この七十万人は日本のマスコミによって完全に黙殺されているのである。一九四八年当時、アラブ圏に住むユダヤ人は約七十七万四千人、それが、七三年には五万3千人になっている(その殆どがモロッコ)。
 全ユダヤ人人口の約92%がその地を引揚げてイスラエルへ移住したという例はきわめて珍しく、他に類例がない。
~中略~
このアラブ圏のユダヤ人は、イスラム発生以前、否ローマ帝国によって支配される以前からその地に住む、いわば”先住民族”であって、その歴史は、イスラム全史よりはるかに長い。また彼らは移住において全財産を没収され、難民としてイスラエルに到着し、テント村から出発したわけであった。
 イスラエルにおいて、対アラブ問題で最も強硬なのは、実はこの人びとである。

中学生でもわかるアラブ史教科書


アラブでもアフリカでも、土地の人たちは頑固に計算高く、自分たちの言い分が通るまでしつこく要求する、というのが普通である。

しつこい、ということは聖書によると
セム族
社会では美徳であって、日本人のようにあまりしつこいと相手に嫌われる、などという考えはない。

 その反面イスラム社会では、日本で考えられないほど、慈悲というものが大きな美徳であり義務とされているから、各人が自分の要求を貫徹しようとするのと同時に、日本人は考えないような恵み方、救い方もする。

人生の原則
曾野 綾子 (著)
河出書房新社 (2013/1/9)
P200


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