So-net無料ブログ作成

この人民ありてこの政治あるなり [日本(人)]

  愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。
西洋の諺に愚民の上に苛き政府ありとはこのことなり。
この政府の苛きにあらず、愚民の自ら招く災いなり。

福沢 諭吉 (著)
学問のすすめ
岩波書店; 改版版 (1978/01)
P18 学問のすゝめ 初編

学問のすゝめ (岩波文庫)

学問のすゝめ (岩波文庫)

  • 作者: 福沢 諭吉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/01/01
  • メディア: 文庫


-ad342.jpg 壇上伽藍 金堂 高野山 

森 毅
 また戦後のことになりますが、あの頃に政府に騙されたといって、なんか女房を寝とられて亭主がわめいているようなことを大人たちが言っていました。
これからは国民を騙さない政府を作ろう。子どもを騙さない学校をつくろう。これは、論理的にナンセンスです。騙されているかどうかを判断するのは、受け手の責任です。

だから政府に騙されない国民になりましょう。学校に騙されない子どもになりましょうというなら話はわかりますが、騙さないものをつくるという考え方は、かなり考え違いのような気がするのです。

森 毅 (著), 養老 孟司 (著)
寄り道して考える
PHP研究所 (1996/11)
P120

寄り道して考える

寄り道して考える

  • 作者: 森 毅
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 単行本


公益を口実にして他の保護を求めるは日本人の通弊である。
「渋沢栄一訓言集」道徳と功利

渋澤 健 (著)
巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」
講談社 (2007/4/19)
P202

巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」 (講談社BIZ)

巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」 (講談社BIZ)

  • 作者: 渋澤 健
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/04/19
  • メディア: 単行本




 

日本の民主主義
若いころ暮らしたアメリカの町では、車椅子の人が自由に日差しを楽しんでいるのをよく見かけたのに、日本ではそんな風景をあまり見ない。
 障害者になってみると、日本の民主主義の欠陥がよく分かる。多数の一般市民(マジョリティー)の利便は達成しても、障害者のようなマイノリティー(少数者)のことは考えてくれない。
弱者は同情を買う存在として位置づけられ、対等の権利を主張する存在ではない。社会保障で生かしておくが、大手を振って社会を変革する市民とは認めていない。
~中略~

 これは障害者のためのインフラが充実していないなどといった末梢的な問題ではない。また鉄道や道路行政の不備といった問題でもない。
大げさなようだが、日本の民主主義の根底にある問題なのである。

 確かに最大多数の市民の最大幸福というのは、民主主義の根幹を成す原理である。
でも公共の施設は、マジョリティーのためだけのものになってはいけない。
少数の弱者の権利も大切にするのが、成熟した社会の民主主義である。
マジョリティーの利便のためでなく、マイノリティーの権利を守る民主主義こそ真の民主主義なのだ。

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P160

 

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

  • 作者: 多田 富雄
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/07/16
  • メディア: 文庫


養老 あんなもの(住人注;文科省)は要らないですよ。ただ、なくしたからといって、問題の構造が変わると思ったら間違いでしょうね。上意下達に慣れてしまっていると、別のものが文科省にとってかわってしまうだけかもしれない。
~中略~
そうなると、文科省ならある程度は行政の統一性が保たれるかもしれないけれど、それさえ失われるだけの結果になるかもしれない。
PTAの活躍も最近耳にしますが、一方で文句を言うだけの親もいる。
うまく機能するかは、結局国民の考え方や資質によります。

ほんとうの復興
池田 清彦 (著), 養老 孟司 (著)
新潮社 (2011/06)
P105

ほんとうの復興

ほんとうの復興

  • 作者: 池田 清彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/06
  • メディア: 単行本


海音寺 前略~
国家というものは、明らかに存在し、また国家がなければ人間の利益が保護されないという点もありますね。
アメリカはアメリカ国民の利益を他の国民に優先して保護し、日本は日本国民の利益をどこの国民より優先して保護するのですからね。保護することが、国家存立の目的なのですからね。

 この前テレビを見ていたら、アナウンサーが小学校の三四年の子供らに、「君達は日本の国を愛するか」と聞いている。
「愛します」と、皆答える。
「どんなところを愛するのだ」と聞くと、子供らは「景色がよいから」とか、「気候がよい」とか、そんな風に答えている。
ぼくは聞いていて、なにかにがにがしかった。子供らの答えは、皆いつかおとなに教えられたことばなのですが、一番かんじんなことが教えられていないと思ったのです。
なぜおとな達は、日本に生まれたからだと教えないのかと思いましたよ。
 日本人が最も幸福に生きられるのは、日本人として日本に生まれたからだと教えないのかと思いましたよ。
 日本人が最も幸福に生きられるねは、日本人として日本に生まれたからだ、日本の国家は日本人を一番保護しなければならない義務があり、そうしているのですからね。
ここのところが、おとなにもわかっていないのですね。

新装版 日本歴史を点検する
海音寺 潮五郎 (著), 司馬 遼太郎 (著)
講談社; 新装版 (2007/12/14)
P173 

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

  • 作者: 海音寺 潮五郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/12/14
  • メディア: 文庫



 吉田茂は民主主義など衆愚政治だと最初から見切っていた。辻井喬が「南原繁の言葉」の中で、<吉田茂は自由主義者であったが、民主主義者ではなかった>と書いているのは的を射ている。
「民主主義は多数決だ」という教育が戦後の不幸を招いた。
数にまかせて力をふるおうとする世論は、かっての反民主主義勢力よりもはるかに暴力的でかつ強欲である「自分たちが主役の政治」を欲しながら、同時にまた強力なリーダーシップを持った政治家を求めている。
こうした贅沢で矛盾した要求を恥ずかしげもなく堂々とできるのが世論なのだ。
 国民の政治を見る目は極端に幼稚になり、「嫉妬」という人間の最も卑しい感情が社会を支配しつつある。
 議員の財産開示などという愚にもつかぬことが行われているが、国民はここからいったい何を読み取ろうとしているのか。蓄財をしておらず、浮いた話などなく、老朽化した官舎に住んで国会に電車で通う政治家が本当にこの国を幸せにしてくれるのか。
重箱の隅をつついて政治家批判をする前に、国民は政治判断できる能力を身につけるべきだろう。
 かって福沢諭吉が語った、
<この人民にしてこの国家あり>(この程度の国民だからこの程度の国なのだ)
という言葉を、われわれはもう一度噛み締めてみる必要がある。
あとがき

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて<下>
北 康利 (著)
講談社 (2012/11/15)
P205

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて<下> (講談社文庫)

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて<下> (講談社文庫)

  • 作者: 北 康利
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/11/15
  • メディア: 文庫



P150
 自然の災害を防いだり、天然資源を利用したりするにも、国民の協力が必要である。
まして、人間の世の中のことをよくしてゆくためには、国民がその気になることが、絶対に必要な条件である。インフレーションが恐ろしいことは、だれでも知っている。生産を高めなければならないことは、みんな承知している。しかし、そのためにどんな政策を行なっても、国民がその気にならなければ、決して効果はあがらない。
人任せの政治では、国民は陰で政府の悪口を言うだけで、自分で責任をもつという気持にならない。世の中は悪くなるばかりである。
政治をよくしてゆくには、国民のひとりひとりが責任を持たなければならない。無責任な人間の乗ずるすきのない政治を行わなければいけない。
だれがそれを行なうか。国民がそれを行なうのである。だから政治は、国民にとって「自分たちの仕事」なのだ。だから民主政治は「国民の政治」でなければならないのである。

P168
 ポツダム宣言を受諾したのちの日本では、まず、政治の民主主義化が思いきって行われた。新憲法ができ、国会を中心とする政治の組織が確立され、天皇の権威をかさにきた軍閥や特権階級の勢力は一掃された。前には役所の権力を握って国民をあごでさしずしていた官僚は、国民の公僕とよばれるようになった。
地方自治制も改革され、地方の政治のおもだった地位につく人は、選挙で決まることになった。制度のうえからみれば、今日の日本はまさにりっぱな民主国家である。政治の形だけについていえば、もうこのうえ民主主義化する余地は、あまり残っていないといってもよい。
 しかし、民主主義はけっして単なる政治上の制度ではない。それは、その根本において社会生活のあり方であり、社会生活を営むすべての人々の心のもち方である。政治上の制度だけならば、それを民主化することはかならずしも困難なことではない。 もちろん、民主政治の制度を、今日みるような形にまで発達させるために、人類の長い苦闘と努力の歴史が必要であったことは、第二章で概観したとおりである。
けれども、日本のように、敗戦によって過去の政治組織がいっぺんにくずれ、そのあとに、西洋の進んだ国々の政治形態の大きな影響を受けつつ、新たな制度を採用するという場合には、既にたくさんの規範や先例があるのだから、事は比較的に容易なのである。
これに反して、社会生活の根本から民主主義化するとなると、これは一朝一夕にできる事柄ではない。長い間、人の心にしみこんできた民主主義的でない気持ちをぬぐいさり、日常生活のすみずみまで民主主義の精神を行きわたらせるには、なみなみならぬ覚悟と修練がいる。しかも、それが行われなければ、政治の形のうえでの民主主義もけっしてほんものにはなりえないのである。

民主主義
文部省 (著)
KADOKAWA (2018/10/24)


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント