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金毘羅大権現 [雑学]

 金毘羅大権現というのはインドのガンジス川のワニの化身だといわれているが、仏教渡来後、どういうわけか、仏教と直接縁のないインドの古俗の神が、何かにくっついて日本に入ってきたものと思える。
仏教渡来後、日本人は、在来の神々よりも「異国の神、きらきらし」ということで、効き目は海を渡ってきた蕃神にあるとした。そういく古来以来の気分が、あやうく遭難しかける場合に、住吉の神に祈らず、金毘羅大権現を祈るというあたりに続いているともいえるかもしれない。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P154

DSC_3021 (Small).JPG宗像 大島


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住吉の神 [雑学]

 住吉大社は大阪の住吉区にあるお宮だが、古代、応神・仁徳という天皇名で残っている大阪湾沿岸の王朝のころから、現在の場所にあったらしい。その王朝が、安曇と呼ばれている九州から瀬戸内海にかけての海人族を支配下に置いたとき、海人たちがそこに自分たちの海の神を祀ったのであろう。その伝承が、「古事記」のなかにも説話化して取り入れられている。
~中略~
 右の住吉の神は、もとは筑紫で奉ぜられていたのが、海人族の東進とともに、大阪湾沿岸の墨江(すみのえ)の浜に移された。
 元の住吉神社も、残っている。福岡市の博多駅から南西へすこし行ったところにあり、ここもいまは市街地化しているが、古代はこの付近一帯は海部(あま)郷といわれ、海人族の根拠地であった。
 古代海人の神である住吉の神が、いまも淡路の由良の漁民にたちに尊崇されて、漁船の半分までが「住吉丸」という名まえがついているというのは、漁村における伝統の持続力のつよさをおもわせる。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P153

DSC_3020 (Small).JPG宗像 大島


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信じるものは救われる [処世]

   世の中にはよこしまな考えの持ち主も、犯罪的な行為をする人もいるので、ある程度の守りは必要です。しかし、過度に防衛的な人は、基本的に人を信用していないところがあり、それが人間関係を阻害しがちです。
 「因幡の白ウサギ」という話がありますね。ウサギはワニザメをだましたため、皮をはがれます。そして荒ぶる神々に言うことを聞いてひどい目にあいますが、大国主命の言葉を再度信じて救われます。
人間は一度だまされるとこりてしまい、人の言うことを聞かなくなるものですが、因幡の白ウサギは信じたために救われます。これはなかなか示唆に富むお話なのです。あまりに何度もだまされるのは問題ですが。

プロカウンセラーの聞く技術
東山 紘久 (著)
創元社 (2000/09)
P122

IMG_0069 (Small).jpg里芋

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観の目つよく、見の目よはく [ものの見方、考え方]

  「目の付けやうは、大きに広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よはく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也。
工夫あるべし。此目付、ちいさき兵法にも、多きなる兵法にも、同じ事なり。目の玉うごかずして、両わきを見る事肝要也。
かようの事、いそがしき時、俄(にわ)かにはわきまえがたし。
此書付を覚えへ、常住此目付になりて、何事にも目付のかわらざる所、能々吟味あるべきもの也」
「一、兵法の目付けと云う事」

谷沢 永一 (著)
宮本武蔵 五輪書の読み方
幻冬舎 (2002/10)
P127

-60a78.jpg弥勒堂

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本当は変わりたくないんだろ! [ものの見方、考え方]

 口では「変化に順応しようと努力している」と言いながら、悪いニュースをもたらす社員をクビにしている企業もある。
だが、それは自殺行為でしかない。

魂を売らずに成功する-伝説のビジネス誌編集長が選んだ 飛躍のルール52
アラン・M・ウェバー (著), 市川裕康 (翻訳)
英治出版 (2010/2/25)
P71
TS3E0531 (Small).JPG旧門司税関庁舎

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山立て [言葉]

 明石の高浜さんにきいたのとおなじ話を樫本さんにきいてみた。
 海へ出て、舟の位置をどういうふうに決めるかということである。
 位置を決めることを、
「山立て」
 という。動詞にすれば、山を立てる、である。
「陸(おか)の山や建物や樹木を見ましてな、三点をきめてそこから線をひいてその交点に舟を置きます。
三つの線の交点のことを、食いあい、と言います」

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P140

 

DSC_3034 (Small).JPG宗像 大島


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淡路国分寺 [雑学]

 国分寺というのは奈良朝の国力未熟のところによほどの無理をして建てられているために、寺域はさほどに大規模でなく、境内はふつう正方形で、一辺が二丁程度の大きさのものとされている。
 近づくと、この(淡路)国分寺もそれほどのものであるらしかった。
 創建のころはどの国の国分寺でもまわりに土手がめぐらされていたというが、ここもその土手の痕跡があるようであり、いまは土手のあとの上の松などが巨木になっていて、森をなしているといった格好である。
ふつう南大門などもそびえていたというが、淡路の場合はわからない。せまい境内に入ると、右手に礎石がのこっている。礎石に近づくと、塔の趾のようだった。
~中略~
 大日堂もある。
 国分寺のころには真言密教の原理的象徴である大日如来の信仰がまだ入っていなかったから、この国分寺はいろいろ変遷して真言密教の寺になったのであろう。
~中略~
 やがて七十年配の小柄な婦人が出てきた。モンペ姿で、畑仕事をされていた様子だった。
 彼女は大日堂の扉をあけてくれて、なかへ入れてくれた。仏像の前の法具が、真鍮製の密教の法具だったから、
「ここは真言宗ですか」
 と、きいてみた。さきに述べたように奈良朝の国分寺にはそういう宗旨はないが、平安・鎌倉に入って諸国の国分寺が衰えるにつれ、時代に勢力のある真言や天台といった宗旨が入って寺運を維持したりした例が多い。ここもそうかと思ったが、
「本当は律宗(りっしゅう)なのでございます」
 と、老婦人は言った。律宗などという奈良朝以来の戒律体系を守っているだけでは庶民の信仰に結びつかないため、真言宗のお経をあげたりして地元の要求と結びつくべく努めているのだ、といった。淡路は、真言宗の多い四国の影響をうけて、たいていの家の宗旨が、真言宗なのである。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P169

周防国分寺 金堂


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国分寺 [雑学]

 私は関心のある土地へゆくと、かならず国府の跡か国分寺のあとへ行くことが癖になっている。
奈良朝のころに国分寺がたてられたとき、ふつう国府を離れること十五、六町ということになっていた。
相連関(あいれんかん)してその国の中心をなしており、奈良朝に相せられたその国の中心の場所というのはどういう地勢だったかということに興味がある。
 現在の中心の感覚とは、ひどくちがっているのである。現在の中心感覚は、豊臣秀吉の感覚を祖としている。秀吉は行政の府を、ちょうど大坂がそうであったように、内陸部から湾入した海浜に持ってきた。
 この感覚を諸勢力が見ならった。たとえば武蔵国の国府は北多摩郡の府中であったが、家康は江戸に首都を置いた。
毛利氏もなが年の根拠地であった安芸の内陸部の吉田の地をすてていまの広島市に進出し、黒田氏もいまの福岡市に城下町をつくり、土佐山内氏も浦戸湾に面したいまの高知市という低湿地をわざわざ埋めたててここに城下町をつくっている。
 それ以前、中世の武家の本拠地は内陸の要害地が多かった。さらにそれ以前の奈良朝の国府の場合は、要害性はあまり計算に入れられていない。内陸の穀倉地帯の中心に国府が置かれた例が多いのは、租税としてとりあげる農作物をあつめるのにもっとも便利な所というのが、選定の基準だったからであろう。
国府のそばを当然ながら奈良時代の主要な街道が通っている。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P165

DSC_9648 (Small).JPG若狭国分寺

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プラス思考の勧め [哲学]

 私達人間は皆、幸福でありたいと望み、苦しみを避けたいと望んでいます。
私の限られた経験では、それを実現するには、
どんな時でも、ものごとを前向きに考えられるようになるということが、とても大切なことです。

ダライ・ラマ14世テンジンギャツォ (著), Tenzin Gyatso H.H.the Dalai Lama (原著),
谷口 富士夫 (翻訳)
ダライ・ラマ 365日を生きる智慧
春秋社 (2007/11)
序文

2947037第21回海峡花火大会

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貧乏神は暗い人に忍び寄る。 [処世]

胸次清快なれば、則ち人事の百艱( かん)も亦阻せず。

                       「言志耋録」第七六条


                       佐藤 一斎 著

                       岬龍 一郎 編訳

                       現代語抄訳 言志四録

                       PHP研究所(2005/5/26)

                       P211

1927279東寺

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軽々しく「ガンバレ」って言うな [ものの見方、考え方]

「 アナウンサーによくいるんだけど・・・・
本当にガンバッている人に向かって、気軽に[ ガンバッてください ]なんて言う。
ああいうアナウンサーは首を絞めてやりたい 」

                       永 六輔

                       伝言

                       岩波書店 (2004/2/22)

                       P86

< 2947042第21回海峡花火大会

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ジェネラティビティ [言葉]

 成人期の男性(エリクソンの研究は男性を対象にしたものです)は、四十歳頃まで、自分の成功や自己実現を第一に考えて成長します。もちろん程度の差はありますが、基本的には「オレが、オレが」という生き方。これが自然なのだそうです。
 それが四十歳前後になると、自分のそれまでの人生を振り返る「節目」を迎えます。およそ人生の「復路」では、脳の機能や体力も徐々に衰えていく。それを認識したうえで、これからの人生にどんな生きがいを持てばよいのか?―そのような悩みを経て生まれる心の感覚が、ジェネラティビティです。
 ジェネラティビティは、「次世代につながる価値を生み出し、育むことへの関心」という意味を持つ造語。つまり、自分がこれまで培ってきたスキルやノウハウを次の世代に「伝えること」に生きがいを感じるようになるということです。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P176


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治りたいと思っていない患者さんは治りません [医療]

内田(住人注:内田 樹) 何もしなくていいんですよね。教育治療って似てると思います。
けっきょく僕らは学生に向かって、「学ぶことを欲していないこと」を教えることはできない。本人が学びたいこと以外は絶対に頭に入らない。治りたいと思っていない患者さんは治りませんよね。
春日 うちは公立病院だから断るわけにはいきませんが(笑)、本人が治りたいと思っていないのを、治すのは不可能だっていうのは本当だと思いますね。
内田 「学びたい」「治りたい」というドアが一回開いたら、あとはその人が勝手に取り組むわけですよね。最初、そのドアはふさがっている。患者さんの場合は病いだし、学生の場合は無知の悲しみでドアが閉じてる。
こちらはただドアを開けてあげるだけです。こじ開けるという手もあるけれども、いちばんいいのは天岩戸と同じで、前で踊るんです(笑)。そうすると「何をあんなに楽しそうにやっているんだろう?」と自分から扉を鋳開いてくるんですよ。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P189

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自己認識能力 [言葉]

「自分を知る」という能力のことを「自己認識能力」といいます。 ~中略~  自己認識能力には、「自己内省力」と「自己客観力」という二つの要素があります。 ~中略~  自己内省力とは、自分の内面と向き合い、内なる自分を掘り下げる力。~中略~ そのような「自分の現状整理」も、まさに自己内省の作業です。  自己客観力とは、自分という人間を客観的に見る力。「自分を客観的に見るとは、周りの他人から自分はどのように見られているのか、どうあるべきだと思われているのかを常に考えるということです。それは、社会の中での自分の「立ち位置」を正しく認識することにもつながります。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P51

DSC_2741 (Small).JPG植田正治写真美術館

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一本釣り [雑学]

 その(住人注;「宮本常一著作集」(未来社刊)第八巻の「海をひらいた人びと」の序文に、
「・・・・・この書物を書いていて、日本の海をひらいたのはまったく無名の人びとがあったのだということに気がついた」 
 と、ある。~中略~
 この書物のなかに、「一本づり」という章がある。
 一本づりはむろん、古代からあった。しかしそれを技術として高度に発達させたのは、徳島県の堂ノ浦の漁師である、と書かれている。
 阿波の堂ノ浦というのは播磨灘と鳴門海峡を漁場としてきた古い漁村で、代々よほど賢い漁師の系譜がつづいていたらしく、宮本氏の右の著作によれば瀬戸内海の漁師たちはよくここへ一本釣りの進んだ技法をならいにきたものだという。  

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P132

DSC_3017 (Small).JPG宗像 大島

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人間の強さ [教育]

 これはよくスポーツ選手の競技引退後のキャリアプランニング時に話すことなのですが、ビジネスやスポーツに限らず、あらゆる分野において、「強い人」あるいは「使える人」というのは大きく二つのタイプに分けてよいのでは、と思っています。
言い換えれば、人間の「強さ」の出し方、パフォーマンスの発揮の仕方は、二通りあるということです。
 まずひとつが「突出型」。いわゆる「一芸に秀でた人」の強さです。
 そしてもうひとつが「バランス型」。こちらは文字どおり、いろいろなことがバランスよくできるという強さの出し方です。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P42

DSC_2737 (Small).JPG植田正治写真美術館

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理想的な教育環境 [教育]

「反面教師としての親」が意外な教育効果をもつこともあるのであろうが、もちろんその逆もあり、むしろそれが普通であろう。そう考えると、太宗の息子たちは、余り理想的な教育環境に置かれたことが、いわばいまの例と全く逆であったことが、逆効果となったのかも知れない。
不世出の英主と稀代の賢婦人を両親にもち、魏徴の学習書があって賢臣に取りまかれているなどということは、子にとって、案外、苦しいことかも知れない。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P184


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リーダーの絶対禁止事項 [経営]

 さまざまなリーダー、それが一国の首相であれ、一企業のの社長であれ、また一部局の長であれ、決して行ってはならないことがあるであろう。
いわば「リーダーの絶対禁止事項」である。もちろん、いままで述べたことに多くの「禁止事項」があるが、それとはやや異質な事項を、「貞観政要」からひろい出してみよう。
~中略~
 これまで、いわば「統治者・経営者・管理者」の「すべからず集」をあげてきたわけである。かんたんに要約すれば、
(一)予言や占い迷信に惑わされてはならないこと。
(二)宗教に凝ってはならない。もちろん宗教を信ずることは自由だが、それを伝道するなら本職の宗教家か伝道師になるべきで、統治者・経営者の地位を利用して行い、それで統治・経営の本筋を失ってはならないこと。
(三)家族の私的な意向を経営に持ち込んではならない。
(四)前例を超える、度を超えた行事は、結婚披露パーティであれ、社長就任披露パーティであれ行ってはならない、
である。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P157


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アサーション [言葉]

 アサーション(Assertion)とは、論理的・建設的に物事を考え、感情をコントロールし、自分の意見や気持ちを正しく相手に伝えて、望ましい結果を得るためのコミュニケーションスキル。
直訳すると「主張」ですが、アサーションは単に自分の主張を相手に押付けるものではありません。相手にとって受け入れやすい表現で働きかけ、相手の主張も認めて合理的にコミュニケーションをとることを重視しています。  

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P160

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上司で部下は変わる [経営]

裴矩は、隋の時は佞臣であって、心にもないことをいっていたのである。ところが唐となって太宗のもとに来ると、途端に直言を吐くようになった。
これは性格が変化したわけではない。太宗が直言を喜ぶことを本能的に見抜いたからであり、これは一に、指導者によって部下がどうにでもなるという一例であろう。
「オレの部下には、魏徴のように直言してくれる者がいない。現代は人がいないのだ」などとはいえないわけである。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P147

 

 

DSC_2986 (Small).JPG宗像大社


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名医 [医療]

鱗介( りんかい )の族は水を以って虚と為して、


水の実( じつ )たるを知らず。

                       「 言志後録 」第五三条


                       佐藤 一斎 著

                       岬龍 一郎 編訳

                       現代語抄訳 言志四録

                       PHP研究所(2005/5/26)

                       P103


1923245福岡県山門郡 清水寺 山門

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世襲 [処世]

 では、太宗は政務多忙で、子供の教育に無関心だったのであろうか。決してそうではない。彼は、「二代目」でうまくいかなくなることを知っていた。ここにも、反面教師煬帝があったであろう。
従ってむしろ、一種の危機感を常に持つ「教育パパ」だったといってよい。
「貞観十年、太宗、房玄齢に謂いて曰く・・・・・」(教誠太子諸王第一・第五章)につづく太宗の言葉は、その基本的な理由をよく理解していたものと思われる。
「前代の乱世を治めた創業の君主を次々に観察すると、民間に成長し、皆、情(真)も偽もよく知っているから、破亡に至る者はまれであった。世つぎの守成の君に及ぶと、生まれながらにして富貴で、世の苦難を知らず、そのため時には一族皆殺しにされるまで至る。
私は若い時から、経営多難という経験があり、くわしく世の中のことを知っているけれども、それでもなお、及ばない所あろいうかと恐れる。
わが子の荊王やその弟たちに至っては、奥深い宮中に育ち、識見が遠くに及ばない。そうして私が経験したようなことを、思うことができようか。
私は一食ごとに耕作の苦難を思い、一衣ごとに紡績の辛苦を思う。しかし、諸子弟は私に学ぶことができない。いまよい補佐を選んで、諸王の輔弼(ほひつ)とする。
願わくばこの善人の近くで習い、多くの罪過を免れることができるようにしたい」と。
~中略~
そこで魏徴に命じて、古来の帝王の子弟の成功と失敗の例を記録させ、「諸侯王善悪録」と名づけて諸王子に賜わった」と。
 その一部を引用しよう。
確かにさまざまな例があるが、「其の盛衰を考え、其の興滅を察するに、功成り名立つは、咸(ことごと)く始封の君に資(よ)り、国喪(ほろ)び身亡(ほろ)ぶるは、多く継体(後継者)の后(きみ)に因る。其の故は何ぞや」。
一体理由は何であろう。「始封の君は天下がまだ定まらない時に直面し、王業の創業の国難を見、父兄の辛苦を知った。それゆえ上にあっても驕慢にならず、早朝から夜中まで精励して倦(う)むことなく、常に細かい配慮を怠らなかった。たとえば、楚の元王は酒を好まぬ賢人のためには特に甘酒を用意し、周公旦は食事中に来客があると口中の食物を吐き出して賢士を出迎えた。
このようにして、耳に逆らう忠言を喜んで受け入れ、人民の歓心を得、生前に功徳を立て、死後にまでその仁愛は伝わった。
だが、その子孫である後継者となると、多くは太平の世に宮殿の奥で生まれ、女官たちに育てられ、位が高いことは危険を招くことだという配慮が全くない、またどうして農業の辛苦を知っていようか。
そのうえ、小人と親しみ賢人君主を遠ざけ、いわゆる利口な女にまといつき、明徳の人には威張って逆らい、義を犯し礼に悖(もと)り、淫荒に限度なく、法律を尊重せず身分を越えて上をしのぎ、権力と寵愛をたのんで嫡子を廃しようとする野心をもち、わずかな功労を誇って、ついにあくことなき野望をもち、忠実貞純の正道を捨て、姦邪の迷える横道を踏み、諫言にそむき卜占を無視し、迷って正しきに返ることを知らない・・・・・」と。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P176

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縁故 [処世]

人間には縁故のいない者はいない。
 そして、それへの扱いは、さまざまな影響を他に与える。「縁故者だから・・・・・」も、「縁故者でさえ・・・・」も、共にさまざまな問題を生じる。
唐の時代は致し方がなかったが、現代の組織はむしろ初めから「縁故を入れず」が最良の方法であろう。縁故者に報いるのは別の方法をとっても、それに役職を与えるようなことはしなかったのが、渋沢栄一である。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P173


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淡路 [雑学]

 淡路というのはむろん、日本の他の地域と同様、弥生式農耕が入って、銅鐸などもかなり出ている。その後古墳時代に入ってからは、漁民こそこの国の代表のように「日本書紀」などに登場する。しかし、広大な耕地をもつ古代土豪がいたのかどうか、この島における前記古墳や中期古墳の存在がまだあきあらかでないため、よくわからない。
 そのくせ、この島は伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)神話で知られるように、古代国家の誕生神話のなかでも主流をなす伝承をもっている。この男女紳はまずははじめにおのころ島を生んだ。
おのころ島は、神話だからそれがどこということもないが、淡路島の属島である沼(ぬ)島であるといわれたり、淡路島そのものだともいわれたりする。
この神話は元来、ふるくから淡路島にあったものを畿内政権がとり入れたものかとも思える。
そのことはどうでもいいが、この両神の国生み神話が天皇家の神話の最も重要な話の筋に組み入れられているということは、淡路には大阪湾沿岸の権力(大和をふくめて)が古くから及んでいて、古墳時代がはじまっても、この島に大土豪を成立させなかったのかもしれない。古代天皇家そのものが、淡路を直轄領とする大豪族だったのである。
 また淡路島は、さきの「日本書紀」の「応神紀」にもあるように、「海人部(あまべ)」とともに「山守部(やまもりべ)」も置かれた。山守部は山林に入ってしごとをする人である。猟もする。これも王朝直属の民である。山守部には木材だけでなくシカやイノシシも獲って送り出す義務があったのであろう。淡路島の古代は、海彦も山彦も、そして農耕者も、古代王朝を食べさせてやってきたことになる。
この島が、神話で優遇されたり、また島ひとつで一国という礼遇をうけたことも、多少はこういう有難味から出たものではなかったか。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P125

 

DSC_3028 (Small).JPG宗像 大島


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ライフロール [言葉]

 今のあなたには、「○○社○○課の課長」や「○○チェーン○○店の店長」などの、リーダーという重要な「役割」があります。しかし、それはあなたという人間の一面にすぎません。ほかにも、あなたはいろいろな「役割」を持っているはずです。
 たとえば、男性で既婚者であれば「夫」、子どもがいるなら「父」、ほかにも「○○の友人」「草野球チームのメンバー」など、さまざまな役割が考えられます。
仕事においても「課長」である一方で、「営業マン」などの役割を担うケースは珍しくないでしょう。
キャリアプランニングでは、こうした「役割」のことを「ライフロール」と呼びます。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P179

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フェラーリ要る? [人生]

人間が生きていくために絶対に必要なものを「必需」とすれば、それは驚くほど少なく、石田梅岩の言葉を平易になおせば「食は満腹すればよく、衣は寒暖に応ずればよく、家は雨露をしのげば足りる」はずである。もっとも、職業によっては、現代では電卓・電話・車は「必需」であり、それなしに生活していけない場合もある。
さらに社会には「常識というルール」があり、それを無視すれば「失礼な」ということになって社会の信頼を失い、人間関係を阻害する場合もあるから、これらは常識的に必要なもの、いわば「常需」というべきものかも知れない。だが、この「必需・常需」もその必要の限度を考えれば、決して無限に膨張するものではない。いわばこれらは「実需」であって、「虚需」ではないから限度がある。しかし「虚」は、そうはいかない。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P113

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応神天皇 [雑学]

  大阪湾沿岸の平野における弥生式農耕が最初の大成熟期をむかえるのは、三世紀末から四世紀にかけてであろう。
この時期に、応神天皇といわれる専制者が、出現した。その古墳はよく知られているように大阪府旧南河内郡にある巨大な陵墓だが、要するにこれだけの大土木を可能にするだけの大権力が成立するほど、生産があがり、人口がふえ、支配圏がひろがった。
 ―応神天皇は、応神王朝という新しい王朝の始祖である。
 という水野祐氏のすぐれた説は、その後、その説の上に、他の多くのあたらしい見方が築かれた。
たとえば応神の権力には、海外へのひろがりがある。この時期、朝鮮半島でも、大変動があった。
四世紀はじめに中国支配圏の楽浪がほろび、本来の朝鮮半島民族である高句麗がおこり、南鮮の小さな部族国家が滅んで、新羅・百済という広域国家ができあがった。この朝鮮半島の大変動によってはみ出たひとびとが、海をわたって応神王朝の傘下に入った。
伝説上の学者である王仁(わに)や阿知使主(あちのおみ)といった漢文化を身につけたひとびとが朝鮮半島から渡来したとされるのも、この時期である。応神王朝は日本における最初の広域権力であろう。
「日本書記」の記述を信ずるわけではなく、これを想像の手掛かりにするとして、応神天皇の五年八月のくだりに、諸国に令して「海人部(あまべ)」と「山守部」をさだめたとある。そのときに淡路の漁民が、海人部という、王朝直属の技能民として支配された。獲れたあわびなどを船にのせ、大阪湾を漕ぎわたり(おそらくいまの西宮市の浜に上陸したであろう)それら海の幸を宮廷の台所におさめるのである。農業で成立した広域権力が、漁業を隷属させた。
 部(べ)というのは津田左右博士はその語源が朝鮮半島南部の百済のことばであるとされた。部の制度もまた百済の制度にあったにちがいない。それを応神朝という名称で象徴される大阪湾沿岸の古代権力がとり入れた。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P120


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パーフェクトを期待するな [教育]

人の悪を攻むるには、太( はなは)だ厳なるなかれ、


その受くるに堪えんことを思うを要す。


人に教うるに善を以ってするは、高きに過ぐるなかれ、


当にそれをして従うべからしむべし。


                  洪自誠 

                       守屋 洋 (著), 守屋淳 (著)

                       菜根譚の名言 ベスト100

                        PHP研究所 (2007/7/14)

                       P161

1937889高千穂宮

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敵国外患なき者は、国恒に亡ぶ [国際社会]

「貞観十五年、太宗、侍臣に謂(い)ひて曰く、天下を守ることを難(がた)きや易(やす)きや、と」(君道第一・第五章)。
これに対して魏徴は「甚だ難し」と答えた。
太宗がさらに、「賢者・能者に権限を委譲して政務を行なわせ、部下の厳しい忠告を聞きいれればよいのではないか」というと、魏徴は次のようにいった。
「昔からの帝王を見ますと、困難な時、危機の時にには賢者を任用し、部下の忠告も受けいれるものです。しかし安楽な状態になりますと、必ず「寛怠を欲す」すなわち、気がゆるんで楽をしたいと思うものです。
安楽な状態に依存してこの「寛怠を欲す」になりますと、直言がうるさくなりますので、臣下もついつい恐れて何もいわなくなります。そうなると、日に月に徐々にすべてが頽勢に向かっていきまして、ついに危亡に至ります。
聖人の「安きに居りて危きを思う」理由はまさにこのためです。安らかにして、しかも常に警戒する。これはじつに困難だといわざるを得ません」。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P65

 

 

 

 

DSC_2969 (Small).JPG宗像大社

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コーチングとは [教育]

  コーチングとは、ある人間が最大限の成績を上げるために、その人の潜在能力を開放することをいいます。
そのためには、指導者は仕事のやり方をおしえるのではなく、対象者が自ら学べるように援助しなくてはなりません。

菅原 裕子 (著)
コーチングの技術
講談社 (2003/3/18)
P28

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