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巫女 [雑学]

P178 本物の巫女は、欺瞞でなしに特異な精神状態におちいる。
神が憑くと、すわったまま信じがたいほどの高さまで跳躍する。その間、戦慄があり、恍惚がある。また無意識の狂舞がある。そういう状態のなかから、憑依(ひょうい)した神霊の言葉を吐くのだが、どこか、女性に多いヒステリー状態と似ているせいか、巫女は女に多い。
 周知のように、巫女とそれらにちなむ宗教現象をシャーマニズムという。古アジア一般の原始信仰で、どうやら発生地はシベリアではないかという説が一般的である。ともかくも、シャーマニズムの系譜は、北の方の寒い土地からきた。エスキモーからツングース、モンゴル、朝鮮、さらに南下して海にうかぶ日本にいたる。
三世紀の卑弥呼もシャーマンであったとしていいし、いまなお日本の新興宗教の教祖にシャーマンが少なくない。
 韓国ではいまでもシャーマン(男女を問わない。ふつう巫堂(ムーダン)という)が多い。呪具をいくつか持っているが、太鼓もそのひとつである。先日、梨花女子大学の李御寧(イ・オリョン)教授に会ったとき、韓国南部のどこかの島に本物の―原始的な―シャーマンが残っているから会いに行ったらどうかという勧めをうけた。そのとき、この比較文化論の俊英は、つぶやくように、
 ―遠くシベリアで発祥したシャーマニズムが、いまなお韓国の島にのこっているのです。
 と、やや感動をこめていわれた。
 シベリアのシャーマンについては、ロシアの学者や探検家の著作によらねばならない。
たとえば、ヤクート族(いまは東シベリアのヤクート共和国を構成する)のシャーマンは十九世紀の探検家が書いた絵によると、烈しく踊りつつ太鼓をたかくかざし、乱打している。
 モンゴルのシャーマンも太鼓をつかうが、ヤクート族や韓国の太鼓のように大きくはなく、小鼓のようなかたちをしている。~中略~
日本の東北地方では、巫女のことをイチコという。モンゴル語では巫人(イテイガン)という。まさか関連性はないとももうが、いずれにしても、日本の基層文化の一部に、発酵食品にせよ、シャーマニズムにせよ、シベリア圏にまでおよぶ古アジアの民俗をふくんでいることをわすれるべきではない。

ロシアについて―北方の原形
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋 (1989/6/1)
P178

 

 DSC_4179 (Small).JPG関門海峡

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日米文化交渉史 [国際社会]

 さきに引用した「日米文化交渉史」も十分に酵熟した古本といわねばならない。その編纂は米軍の占領期間にくわだてられ、占領がおわったあと、刊行のために半官半民ともいうべき協会がつくられ、昭和三十一年、第一巻が出た。「月報」の神川彦松氏(編纂委員)の文章を読むと、米国側の協力もあったらしい。
 それはともかく第一巻の「はしがき」はごくみじかい文章だが、日米関係の原形を的確に概括している。こういう場合の的確さというものは、筆者の意図とはかかわりなく、歴史の悲しみを読む者に感じさせる。以下、引用する。
 ペリー遠征このかた世紀間の日米関係は、これをアメリカ側から見ると、ミシシッピー艦(注・ペリーの搭乗艦)と、ミズーリ艦(注・日本の降伏文書調印につかわれた艦)という二つのMによって象徴されるところの光栄から光栄へ進む偉大な記録である。
 独立を得て僅かに七十年で、当時なお世界列強中の尻尾(しっぽ)にくっ付いていたアメリカは、このわずか百年の間に躍進をつづけて、世界の先頭に立つ超強国となった。このような急速な一国の膨張・発展というものは、まことに世界史上、空前であるといって過言でないであろう。
転じて、同書は日本側について語る。
 ところが、この同じ日米関係を、日本側から見ると、うってかわって開国から亡国への歴史である。
まことに幕末以来、昭和三十一の時期までの日本は、この二行に尽きる。
さらに筆者はつづける。  (日本)は忽(たちま)ちにして興って、一時、よく世界強国の列に伍(ご)したが、やがて忽ちにして破滅したところの光栄(グローリー)から墳墓(グレーブ)への歴史である。
以下は、補足された述懐というべきものか。
 広い太平洋を隔てて相隣し、一方は西洋文明を代表し、他方は東洋文明を代表した日米両国のこの対照の著しい百年の歴史は、世界史上でも、いろいろな意味で最も興味ある一節であり、人類に多大の教訓を与えるものであると思われる。
だから編纂した、というのが同書の趣旨である。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P111


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「投機」と「投資」 [言葉]

「投機」とは要するに、利殖のみを目的に、一攫千金を狙って行う儲け事だ。得する人間が一人いれば、損する人間がその何倍もいる。
つまりは大勢の損が、少数の得に移転するだけの、ゼロサムゲームである。本質的にはパチンコや競馬、競輪と変わることがないギャンブルだ。
 それに対して「投資」は、畑に種を蒔いて芽が出て、やがては収穫をもたらしてくれるように、ゼロからプラスを生み出す行為である。投資がうまくいった場合、誰かが損をするということもなく、関係したみなにとってプラスとなる点が、投機とは本質的に異なる。また投機が非常に短期的なリターンを求めるのに対して、投資は本質的に長期的なリターンを求めるところも大きな違いだ。

僕は君たちに武器を配りたい
瀧本 哲史 (著)
講談社 (2011/9/22)
P210

 

DSC_4142 (Small).JPG企救自然歩道


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ペリー来航 [雑学]

 M・C・ペリー大佐(のち准将。一七九四~一八五八)は、有能で勇敢な海軍軍人であるばかりでなく、豊富な知的好奇心をもつ人物だった。ただユーモアを解しなかった。その欠点をのぞけば、新興国がもちうる申し分のない艦隊指揮者だった。
 この時期、アメリカじゅうのほとんどの灯火は鯨油で、ヨーロッパやアジアのように菜種油をつかっていなかった。鯨油のため捕鯨業がさかんで、しかも獲った鯨は油だけしぼって他は捨てていた。(いまのアメリカ人の教養のなかにそういう歴史知識が入っているのだろうか。おそらく忘れているだろう。)
~中略~
「白鯨」(住人注;ペリーよりも二十五歳下のハーマン・メイビル(一八一九~九一の名作(一八五一年))のなかで、
「日本近海の台風」
 という現象が幾度か出てくる。ところが、メイビルのいうところの”未知の閉ざされた国”はアメリカの捕鯨船に避難港を提供しないばかりか、近づけば砲撃さえしてくる。まことに、アメリカの捕鯨業者にとって最大の敵であった。
―日本を開国させよ。
 という声は、当時のアメリカ人一般が発したわけではない。捕鯨業者というただ一種類の業界が連呼しつづけた声だったのである。まことに日本の鎖国はアメリカの鯨とりたちにとっての損害だった。かれらはロビイストを使って政界に働きかけた。ペリー艦隊が出てゆくにいたる発射薬はそれのみでないにしても、最大の要素の一つだった。
 日米間の尽きざるゲームは、この一八五三年(嘉永六)においてはじまるのである。しかもペリーがやったのはドアを足蹴(あしげ)にしてぶちやぶり、ピストルをつきつけるような西部劇のやり方だった。もっとも当時はナマの西部劇の時代でもあったが。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P105


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朝鮮鐘 [雑学]

朝鮮鐘は西日本に多く、北限は佐渡の長安寺で、東北地方にはない。関東では鶴ヶ岡八幡宮、それに李朝十六代仁祖(在位一六二三~四九)が徳川幕府に贈った鐘が、日光東照宮にある。
 仁祖は、三代将軍家光とほぼその在位の時期を同じくしている。この王の在位時代は多難であった。豊臣政権がやった朝鮮侵略の疲弊がまだ癒えず、一方、中国における明末の兵乱が朝鮮に艱難をもたらし、次いで新興の清が圧迫をかさねて、国家の存立がしばしば危うかった。
この仁祖にとっては、海をへだてた倭国が徳川体制下にあって徹底的な鎖国方針をとっていることが、せめてもの安堵であったであろう。
仁祖は、日本国の主権者である徳川の大君(将軍)に好意をもたざるを得ず、そのしるしとして鐘を鋳て贈ったのである。
「山陰、山陽には多いですね。出雲では、松江の天倫寺の鐘、これは高麗中期のものです。安来の雲樹寺には高麗初期の鐘があります」
 石段を登りながら李進煕氏は言い、話を李朝十六代仁祖にもどして、
「仁祖は、家康・秀忠の外交方針を多としておりましたが、これが李朝を通じて徳川幕府への基本的な態度になったのです。くだって、日本の維新早々、朝鮮が明治新政権に対してとった硬い態度は、徳川幕府への仁義というものなのです」
 と、低い声でいった。
 そういえば、李朝外交にはその種の仁義があり、明がたおれるときも、李朝内部に明への仁義をつくそうという気分がつよく、新興の清に対して態度が硬かった。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P249

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P272

DSC_3810 (Small).JPG赤間神宮


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行動経済学 [言葉]

 おせっかいな規制や制度、慣行が存在するということは、人間が後悔するということを前提にしないと理解できない。逆に言えば、公的な規制、税制、社会保障制度を設計する上では、後悔する人間を前提としてシステムを設計することが不可欠なのである。
したがって、後悔するような人間をモデルにして、経済学を構築する必要がある。実際、後悔するような非常に人間的なタイプの人を経済モデルで分析する分野が近年急速に発展してきており、行動経済学と呼ばれている。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P106


タグ:大竹 文雄
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頻尿 [医学]

高齢者が外に出たがらないのは、おしっこが近いからという理由があります。尿を濃縮するホルモンが低下してしまうのです。1)すると尿が薄くなるので、悪い成分を外に出すために尿の量が増加してしまいます。
 また、おしっこをためておく膀胱が硬くなることも関係します。膀胱の伸縮性が弱まるため、膀胱にあまりためておくことができなくなり、少しでもおしっこがたまるとすぐにトイレに行きたくなります。
 さらに男性の場合は、前立腺肥大によって尿が通る尿道が圧迫されるため、排尿に時間がかかったり、残尿感が出てしまったりすることでトイレが近くなります。女性については、元から尿道が短く筋肉が弱いために我慢が苦手です。我慢できるのは60分、頑張っても90分が限度のようです。
~中略~
 対策としては、コーヒーやお茶などでカフェインを摂りすぎないようにすることです。特に寝ている時にトイレで起きてしまうことが多い場合は、気をつけましょう。 ~中略~
 あとは、「こまめにトイレに行くこと」と思いがちですが、これは逆効果です。2)こまめにトイレに行くと、ちょっとおしっこがたまっただけでトイレに行くという癖がついてしまうからです。多少は我慢することで訓練するほうがよいことがわかっています。

老人の取扱説明書
平松 類 (著)
SBクリエイティブ (2017/9/6)
P210

 

 

 

DSC_4120 (Small).JPG企救自然歩道


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資本主義の目的 [社会]

「株主などというわけの分からない人々のために働いているのではない」と考える人もいるかもしれないが、その人が働いてもらう給与や年に数回もらえるボーナスも、株主が所有する資産が形を変えたものであることを理解しておく必要がある。
 その給与も銀行に預けられた時点で、銀行が自らの株主に利益をもたらすことを目的に、さまざまな企業や国債に勝手に投資されているのである。さらに言えば、年金は株式にも投資されているので、知らない間に株主にもなっていることになる。
 つまり資本主義の国で生きる以上、株主(投資家)の意思のもとに生きざるを得ない、ということなのだ。

僕は君たちに武器を配りたい
瀧本 哲史 (著)
講談社 (2011/9/22)
P216

 

DSC_4151 (Small).JPG企救自然歩道


タグ:瀧本 哲史
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出生前の栄養状態で人生が決まる [雑学]

 日本学術会議の提言によれば、日本でもいくつかの疫学的研究が行なわれており、日本人においても、胎児期の低栄養が将来的なメタボリックシンドローム、高脂血症、インシュリン抵抗性、2型糖尿病の要因になることが示されている2。
~中略~
 胎児期の栄養状態が、生まれてからの健康状態に大きな影響を与えるのが本当だとすれば、大人になってからの経済状態にも影響を与える可能性があるかもしれない。健康は、経済状況を大きく左右するからだ。
 実際、出生時の体重とその後の社会経済状況との関係が、最近多くの経済学者によって研究されはじめている。なかでもコロンビア大学のカリー教授の展望論文は、衝撃的な内容である3。
この論文によれば、出生時体重が低いことと、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の発生率の高さ、教育水準の低さ等との間に相関があることが多くの研究で明らかにされているという。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P84

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タグ:大竹 文雄
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モンゴロイドの顔 [雑学]

 私はアジア人の顔がすきなのだが、ちかごろ少壮の日本人には、どういうわけか、人格が顔つきに出ない無表情なのが多く、このニューヨークの街角でもそういう印象をうけた。
それに今ふうのエリート顔にアメ色の金属フレームのメガネを付属させると、顔が金属性の道具になったような感じがする。
 私どもモンゴロイドの顔は、一説(たとえば人類学者・香原志勢(こうはらゆきなり)によると、最後の氷河期のシベリアでできたものだそうである。寒気をふせぐための厚ぼったいマブタ、できるだけ内部にひっこめた鼻、吸い込んだ寒気を温めるための大きな鼻腔。そのために広くなった顔の幅。この顔が、ゆたかな人格とすきとおった感情をもつとき、じつにいい顔つきになるのだが、自分自身の内部と無関係なしごとをするとき、サカナのように表情をうしなってしまう。
いわば、人の世にその顔を曝(さら)して歩くのに、固有の凹凸に頼りうる白人やアラブ人などにくらべて、むずかしい顔らしい。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P205


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医は仁術 [医療]

「なにを云うか」と去定がいきなり、烈しい声で遮った、「医が仁術だと」そうひらき直ったが、自分の激昂していることに気づいたのだろう、大きく呼吸をして声をしずめた、
「―医が仁術だなどというのは、金儲けめあての藪医者、門戸を飾って薬札稼ぎを専門にする、似而非(えせ)医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽(いんぺい)するために使うたわ言で」
 登は沈黙した。
「仁術どころか、医学はまだ風邪ひとつ満足に治せはしない、病因の正しい判断もつかず、ただ患者の生命力に頼って、もそもそ手さぐりをしているだけのことだ、しかも手さぐりをするだけの努力さえ、しようともしない似而非医者が大部分なんだ」

赤ひげ診療譚
山本 周五郎 (著)
新潮社; 改版 (1964/10/13)
P372

DSC_3687 (Small).JPG海峡花火大会


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平等 [言葉]

 人間はやっかいな社会動物である。
 古代、インド亜大陸の北方にアーリア人(白人)がいた。紀元前十三世紀に亜大陸に侵入し、土着の黒色低鼻の諸民族を征服し、皮膚の白黒によって鉄のような身分性をつくった。
白いバラモンに次ぐのは、おなじくアーリア人のクシャロリア(武士階級)であった。バラモン階級は思索し、クシャトリア階級は王や武人として民をおさめる。
ついでながら釈迦は人間みな平等であるとおう激烈な(!)説教をたてたために結局はその教説はカースト制のインドでうけいれられず、衰弱した。
 アメリカという社会は、多分に法律用語としての「平等」の上に立っている。
 ついでながら、明治の日本は、西洋語の対訳としての新・日本語を無数に造語し、ふるい日本語(とくに仏教語)を過去のものにしたが、無差別をあらわす「平等」という仏教語は、いまも新しい内容を伴って生きている。
日本語の平等は、もともと法律用語でなく仏教語だったことを忘れるべきではない。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P187

DSC_4174 (Small).JPG関門海峡


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グローバル化 [国際社会]

グローバル化による貿易の拡大によって日本人全体は豊かになっているのも事実である。
 中国から衣料品が輸入されるようになるまでは、衣料品や食品の値段はとても高かった。
牛肉が外国から輸入されるようになるまでは、牛肉の値段は非常に高かった。どの国も貿易をしなくなれば、日本も自動車や電気製品を輸出できなくなる。
貿易によってそれぞれの国が一番得意なものに集中することができるので、すべてのものを自分の国で作っていた時よりも豊かになれるのである。
 貿易の拡大によって、日本のなかで以前より貧しくなる人が出てくることは事実だろう。その結果、日本国内の格差が拡大するかもしれないが、豊かな人から貧しい人に所得を移転すれば、貿易をしなかった時よりも日本人は全員豊かになれる。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P142


タグ:大竹 文雄
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文明と文化 [雑学]

 人間は群れてしか生存できない。その集団をささえているものが、文明と文化である。いずれもくらしを秩序づけ、かつ安らがせている。
 ここで、定義を設けておきたい。文明は「たれも参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの」をさすのに対し、文化はむしろ不合理なものであり、特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもので、他に及ぼしがたい。つまり普遍的でない。
 たとえば青信号で人や車は進み、赤で停止する。このとりきめは世界に及ぼしうるし、げんに及んでもいる。普遍的という意味で交通信号は文明である。
逆に文化とは、日本でいうと、婦人がふすまをあけるとき、両ひざをつき、両手であけるようなものである。立ってあけてもいい、という合理主義はここでは、成立しえない。不合理さこそ文化の発行物質なのである。 同時に文化であるがために美しく感じられ、その美しさが来客に秩序についての安堵感をあたえ、自分自身にも、魚巣にすむ魚のように安堵感をもたらす。  

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P17

 DSC_3942 (Small).JPG関門海峡

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市場競争は悪か? [社会]

 市場競争とは、いわばインセンティブの与えられ方の一つである。厳しい競争にさらされるのはつらいかもしれないが、私たちは競争そのものの楽しさや競争に打ち勝った時の報酬があるから競争に参加する。しかも、市場競争を通じた切磋琢磨は、私たちを豊かにしてくれるという副産物をもたらす。
 一方で、市場競争の結果、格差が生まれてしまうのは事実である。経済学者の多くは、市場競争で豊かさを達成し、その成果を分配し直すことで格差に対処するべきだと考えている。
しかし、市場競争によってより豊かになるよりも、公平や平等を重視するという価値観を優先する人もいる。ただし、競争そのものを制限して本当に公平な世の中が達成できるかどうかは怪しい。競争を制限することの本当のコストを理解した上で、市場競争を否定しているかどうかもわからない。
人によって価値観が違うのは当然だが、正しい知識のもとに、自分の価値観と照らし合わせて、世の中の仕組みを作っていく必要があるだろう。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
Pⅺ

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食物線維 [養生]

 食物線維というと同じものをどんどん食べてしまいがちですが、食物線維には水溶性の食物線維と不溶性の食物線維があります。どちらも摂取しないと、便秘が余計ひどくなってしまいます。
 不溶性食物線維は有名です。きのこや野菜に含まれますが、これによって腸が刺激され、便がしっかりと体積を維持できるのです。
 水溶性の食物線維は、海草類やネバネバした食べ物に含まれます。腸内細菌のエサとなるこれらにより、腸内細菌の働きが活発になりますから、腸内での食べたものの流れがよくなります。
多くの人は不溶性食物線維ばかりを摂りがちですが、水溶性食物線維が豊富な海草類なども食べましょう。

老人の取扱説明書
平松 類 (著)
SBクリエイティブ (2017/9/6)
P214

DSC_4122 (Small).JPG企救自然歩道


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スシ [雑学]

  スシは日本においてすでに固有なものから脱して普遍性に達した食べ物ともいえる、
 スシの原形の一つはたとえば近江の鮒(ふな)ずしだろう。そのにおいの強烈さに、馴れぬ他府県人は驚倒してしまう。鮒ずしは、なれずしの一種である。こういう発酵食品は極東の古文化をおおっていたようで、中国にもベトナムにもあり、エスキモーの社会にもある。
ともかく鮒ずしのような固有すぎるものは、近世ともなると、近江だけに残り、普遍性をうしなってしまっていた。
 近世では、大阪もまた、諸国から人のあつまる地で、小さいながら文明(普遍性)が成立する条件をもっていた。ここに箱ずしという、いわば多数に通用する(つまり普遍性の高い)すしができた。
鮒ずしにおける臭気という魅力的な(しかし排他的な)固有の文化はのぞかれて、たれも出会いがしらに口にできるすしになった。
私は一九二三年うまれだが、当時、大阪では圧倒的に箱ずし(大阪ずし)だった。私自身は、中学四年生のとき、はじめて”東京ずし”を食った。いきなりうまいとおもった。そのいきなりが、普遍性というものである。いまは大阪でも大阪ずしは普遍性をうしない、特別なものになってしまっている。
 江戸は大工・左官といった職人が、他地方とけた外れに多くいた街で、資本の蓄積を心がける商人とはちがい、腕さえよければ宵越しの金をもたずにくらせたため、さかんに美味をもとめ、うまい店の情報に敏感だった。
 酢と塩を加えためしを用意し、客の前で即席でにぎり、江戸前のサカナをのせるというこの食品は伝統的ななれずしとはまったくちがったもので、その味覚には万人が参加できた。
スシはアメリカに受け入れられる前に、濾過過程を日本において経ているのである。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P45

DSC_4195 (Small).JPG関門海峡


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根拠のない自信家が成功する [処世]

 つまり、男性のほうが女性よりも競争が好きで自信過剰だから、同じ実力であれば男性のほうが昇進競争に参加することが多くなる。 この結果、昇進競争の勝者である管理職の比率も男性のほうが多くなる。  
自信過剰であることは、競争への参加率を高めるだけでなく、好ましい側面もある。 ジョン・メイナード・ケインズがその著書「雇用・利子および貨幣の一般理論」で指摘したアニマル・スピリットというのは、いわば根拠のない自信が企業家に投資を行わせるというものである。そういう人の存在が、経済成長を引き起こす原動力になる。
合理的な予想をして、損をしないと確信できるプロジェクトだけに挑戦する人ばかりでは、新しいビジネスは生まれないし、経済成長も引き起こされない。誰も予想しなかった商品やサービスの開発が、人々の消費意欲を刺激するのである。
~中略~
 成功する確率さえわからないプロジェクトに挑戦するというのは、自信過剰でないと無理だろう。似たことは、科学者の世界でもあるようだ。 iPs細胞(人工多能性幹細胞)を創り出した京都大学の山中伸弥教授は、そのような細胞を創り出すのに何年かかるかわからなかったという。
理化学研究所の生命科学者で革新的な研究成果をあげている上田泰己氏は、若い研究者へのアドバイスとして、「無根拠な自信」が科学研究には重要であると述べている7。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P33


タグ:大竹 文雄
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大名は、植木 [雑学]

 会津藩はこの当時、日本最強の武士団という評判があったが、しかしこれはあくまでも武士階級だけのことで、のち、会津若松城の攻防戦のとき、領民はこの武士たちの戦いを冷淡に見ていたばかりか、官軍に協力し藩軍の様子を通報する者もいた。
おなじ戊辰戦争のときの越後長岡藩の戦いもそうで、領民は傍観していた。
領民をもって藩の防衛力をつくるなどとてもできるものではないほど、両者のあいだは断絶している。どの藩も、江戸期を通じ、徳川家の大名対策によって転封やら移封やらさせられており、
「大名は、植木」
 とまでいわれていた。大名という植木をひき抜いて、他の鉢―領土領民―へ植えかえるということをやっており、このため藩と領民の一体感というものはない。
 地生(じば)えの大名というのは長州藩のほかに、仙台伊達家、薩摩藩島津家、津軽藩、南部藩などがあるが、これらのどの藩でも、
「諸隊」
 をつくるなどは不可能であった。この四藩は武士階級の優越意識が、長州藩とはくらべものにならぬほどに強烈で、武士からみれば百姓階級は虫けらにちかい。
 ともあれ、長州藩には高杉晋作がその独創によって創設した騎兵隊があり、その後その方式によってつくられた諸隊というものがある。ついでながら、軍隊のことを「隊」と言いだしたのは、日本史上、長州のこの諸隊が最初である。

世に棲む日日〈3〉
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋; 新装版 (2003/04)
P300

TS3E0312 (Small).JPG到津の森公園

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アメリカに善意があった頃 [国際社会]

 咸臨丸の太平洋横断航海(一八六〇年)のときも、客であるブルック米海軍大尉が、このなかで物事ができるのは中浜万次郎(幕府の軍艦教授所の教授)ぐらいのものじゃないか、という旨のことを書いている。
 当然なことで、万次郎は十四歳のときに漂流してアメリカの捕鯨船にひろわれ、操船を実地にみにつけただけでなく、その後、救助してくれた船長の無償の善意によりフェアーヘブンの町で養育されたひとなのである。
その間、私塾で数学などを学ばせてもらい、かつバートレット校にも進学した。かれはここで、高等数学、測量術、航海術などをまなんだのである。首席で卒業したといわれる。
ブルック大尉が感心したのもあたり前のことで、このとき三十三歳の中浜万次郎はベテランの航海経験者だったし、平均的なアメリカ人よりも高い教育をうけてもいた。中浜万次郎についてのいっさいは、アメリカ人の善意の所産といっていい。
 明治期、移民をのぞく渡米者は、たいていの人が、大なり小なり、万次郎が受けたような善意に遭遇している。ただしその多くは既成階級の多い東部でのことで、排日の拠点であった西海岸でのことではない。
 明治外交史上の巨人である小村寿太郎(一八五五~一九一一)にしてもそうだった。
 小村という人は、その名声にひきくらべ、実際に貧相な体つきのひとだった。
彼は明治初年、旧藩の貢進生にえらばれて大学南校に学び、明治八年(一八七五)から三か年、ハーバード大学で法律を学び、あと二年間はニューヨークの法律事務所で実務を研修した。
 自分は・・・・体は日本人の中でもこんなに小さかったにもかかわらず、学校の教師は自分を愛してくれた。そして又学生等は自分を侮辱しなかったばかりでなく、かえって非常に尊敬していた。途中でむしろ帽子まで脱いで敬意を表していたくらいであった。
 米国人の魂は真正の武士の魂である。弱い者を愛してやる。彼等の魂は名誉と義侠の念に満ちている。
 これは、小村の談話である。武士だった小村がアメリカ人こそ武士だというのである。きき手は、小村の弟子ともいうべき書生の桝本卯平(ますもとうへい)(工学士・造船技師)であった。右の談話は桝本が小村の死後書いた「自然の人 小村寿太郎」(大正三年刊・洛陽社)にある。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P118

DSC_4173 (Small).JPG関門海峡

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カトリックとプロテスタント [宗教]

 腐敗を極めるカトリック教会に対して、一五一七年、敢然と「九五ヵ条の論理」を突きつけたのがマルチン・ルターであり、バチカンに反感を抱いていたザクセン公の後援により抵抗運動は広がる。やがて、ヨーロッパをカトリックと二分するプロテスタント(抵抗する者)が形成されていき、東方正教と合わせてキリスト教三大宗派の地位を築く。
 ここまでは一応、日本の教科書にも書いてある。問題は、なぜ贖宥(しょくゆう)状が許せなかったかである。ルターは単に「クリーンな協会」を目指したのではない。現代社会の宗教原理主義をはるかに凌駕する危険思想ゆえに、ローマ教会に楯突いたのである。
 プロテスタントの教義の本質は豫定(よてい)説である。すなわち、天地開闢(かいびゃく)のときから終末まで、すべて全能の主(God)によって豫(あらかじ)め定められている、という考え方である。 この世で起きる理不尽な事象も、人間には計り知れない主の意思により完璧に定められていると考える教義である。
 理の当然として、人間に自由意志はない。天国に行く者も、天地開闢のときに定められているのだから、教皇に贖宥状を発行する権利などない。これがルターの主張の本質である。
 ルター派は一五二五年のドイツ農民戦争で、自分たちの信仰よりもスポンサーであるザクセン公の利益を優先した。そのルター派を批判して成立したのが、カルバン派である。  フランス人のジャン・カルバンは流浪の末にスイスのジュネーブの街で神権政治を行なう。つまり、宗教原理主義者が国を乗っ取って、恐怖政治を敷いたのである。
 カルバン配下の「夜回り隊」は市民生活に入り込み、「正しい信仰生活を送っていない」と見なされれば、宗教裁判の後に処刑された。もちろん、疑われたという事実が有罪の証拠である。「夜に音楽を聴いていれば、正しい信仰を捨てたので処刑」が、当時のジュネーブである。
 ちなみに、ルター派やカルバン派のようなプロテスタントは、現在も世界中で影響力を持っているが、あまりにも危険すぎてルター派やカルバン派からも排撃され、絶滅させられたツヴィングリ派という宗派もある。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P55

 

DSC_3761 (Small).JPG赤間神宮

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日本の祝日と労働時間 [社会]

 日本の祝日が増えだしたのは一九六六年からだ。それまで年間九日だった祝日数が一二日に増えた。八九年には一三日、九五には一四日になった。この間日本で週休二日制が普及して「時短」が進み、「何らかの週休二日制」のもとで働いている労働者の比率は、現在では約九〇パーセントになっている。つまり、週休二日制と祝日の増加で、私たちの年間休日数はずいぶん増えたことになる。
 しかし、たしかに休日は増えたかもしれないが、余裕なく毎日長時間働いていると感じている人のほうが多いのではないか。その理由は、平日の労働時間の長さの変化と有給休暇の取得率の低さに原因がありそうだ。
 実際、過去三〇年間の日本の労働時間の変化を詳細に分析した東京大学の黒田祥子准教授の研究によれば、日本では週当たりの労働時間は変化していないが、週休二日制の導入に平日の労働時間が長くなっている。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P170

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貧を恥じぬ [日本(人)]

  いまの福岡市はかつての黒田藩の城下町で、隣接する港市の博多は商業地域になっていた。当然、富は博多の商家にあつまっていた。
それにひきかえ城下の福岡の侍は大半は貧乏で、平均的な藩士の家庭で食膳に魚がのぼる日は月に何度かだった。当時、侍と商家の通婚は、ほぼなかった。
維新後、通婚がおこなわれるようになると、富んだ商家のほうが福岡の没落士族に娘をやることに積極的だった。
「商家にとっての身分上昇ということですか」
「そういうことでもない」
 このへんの機微はむずかしく、私は言葉を選ぼうとしたが、うまくいえない。幕藩体制のころ、武士が行政官を兼ね、学問もした。藩校は町屋の子弟にはひらかれていなかった。武士たちは貧しくあっても牧民官であることと、 多少の教養をもっているということの誇りのために、信じがたいほど汚職のすくない社会をつくった。
 商人たちはそれをみていてお侍さんはえらいものだ、と階級や身分よりむしろ形而上的なものへ心をゆだねている人間への尊敬心に似たものをもっていたのだろう、とピストンさんにいった。
 貧を恥じぬという伝統的日本文化は江戸期ににわかにはじまったものではなく、戦国のころにすでにあった。たとえば薩摩がそうであった。そこへ上陸してきたキリシタン僧が、武士が貧しくとも平然としていることにおどろいた。さらにこの国では貧しさがときに誇りにさえなる、このあたりがヨーロッパとちがっている、という旨の報告書をローマに書き送っている。 この風は江戸期に入って一般化した。

アメリカ素描
司馬 遼太郎(著)
新潮社; 改版 (1989/4/25)
P76


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宗教と経済 [雑学]

バローとマッキナリーという二人の研究者が2、国際比較データを用いて、国による各宗派の比率の差や宗教的な価値観の差が経済成長に与える影響を分析している。
この結果によれば、天国や地獄といった死後の世界の存在を信じる人の比率が高い国ほど経済成長率が高い一方、境界に熱心に行く人の比率が高い国ほど経済成長率が低いという。
つまり、宗教的な価値観が人々の行動に影響を与え、生産性に影響している可能性があるのだ。
 天国や地獄を信じる人は、天国に行くことを目指してまじめに仕事をするのだろうか。あるいは、天国での生活を信じているので時間割引率が低く、将来のことをよく考えて行動している結果、貯蓄も投資も増えて、経済成長率も高くなるのかもしれない。
 それでは、協会に行くような熱心な信者が多いと、なぜ経済成長率が低くなってしまうのだろう。バロー教授らは、教会に行く人の割合が高いということは、それ自体は生産的な活動をしない宗教サービスに資源がより投入されることが反映されているのではないか、と推測している。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P118


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時間割引率 [言葉]

 非認知能力の一つに時間割引率がある。
時間割引率とは、将来のことをどの程度割り引いて考えるかという程度を表す。時間割引率が高いと将来のことをあまり重視しないことを意味する。逆に、時間割引率が低いと、将来のリターンを重視することになり、教育や訓練を受けて生涯所得が高くなることが予想される。
では、こうした時間割引率は、人生のどの時点でそのように形成されていくのだろうか。
 心理学者のミッシェルと正田は、四、五歳の子供たちに対して行った「マシュマロテスト」という有名な実験で、子どもの頃の忍耐強さの有無がその後の社会での成功に大きな役割をもつことを示した2。 ~中略~
その結果、我慢できてマシュマロを二個もらった子どものほうが、そうでもない子どもよりも成績がよく、リーダーシップもあり、社会性を備えていたことが示された。つまり、忍耐力という非認知能力の幼少期での形成の有無が、その後の人生に大きな影響を与えるのである。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P96

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競争が好きな奴が昇進する  [処世]

  技術革新によって、男女間の体力差がそれほど重要でなくなってきたのに、なぜ男女間で昇進格差が残っているのだろう。
企業が厳しい競争にさらされているならば、わざわざ能力の低い男性を能力の高い女性より昇進させることをしないはずだ。そんなことをすれば、優秀な女性に活躍の機会を与えたライバル企業に負けてしまうからだ。
~中略~
同志社大学の川口章教授の研究によれば、女性雇用比率が高いほど企業の利潤が高く。革新的な経営手法を取り入れている企業ほど女性社員が活躍し、企業のパフォーマンスがいいそうだ1。
つまり、男女間格差の多くの部分は、ワークライフバラランスに配慮した人事政策をとることで解消される可能性も高い。しかし、そうした環境整備を行ったとしても残る男女間格差があるかもしれない。
 男女間の昇進格差を説明する仮説として、経済学者の間で近年注目を浴びてきているのが、昇進競争に参加することを嫌う程度が男女で違うのではないかという仮説である。つまり、競争に対する嗜好に男女差があって、それが高賃金所得を得る職業に就く比率に男女差を生み出す原因となっているというのである。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P27

 

 DSC_4268 (Small).JPG

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コンプレックスが人を突き動かす [ものの見方、考え方]

  「スリッパの法則 プロの投資家が教える「伸びる会社・ダメな会社」の見分け方」(PHP研究所)という本がある。その著者で投資家でもある藤野英人氏は、投資検討中の企業を訪問したときに、「この社長はどういうコンプレックスに突き動かされているのか」ということをまず分析すると述べる。
 藤野氏によれば、リーダーを目指す人は、だいたい過去にコンプレックスを持っていることが多いというのだ。経歴を調べてみるとなぜか社会人になる以前の経歴が不明だったり、親しくなってもなぜか家庭の話をいっさいしなかったり、ということがよくある。
 自分の容姿に長年コンプレックスを抱いていて、女性にモテなかった過去から、いつか見返してやろうと努力を続け、その結果人が羨む大成功を遂げた経営者も少なくないという。しかしいくら功成り名遂げたとしても、コンプレックスそのものはいつまでも解消されない。そのため彼らは、さらなる成功を目指して突き進んでいくのである。
 こうした心理は経営者に限らず、あらゆる世界のリーダーに共通する感情かもしれない。
 ハロルド・ラスウェルという政治学者は、著作の「権力と人間」(東京創元社)の中で、「どのような人間が権力者を目指すか」という研究成果を発表した。それによれば、政治家の多くが幼少期に、権力に無理やり屈服させられたような嫌な記憶を持っており、その反動で自分が権力者になることを目指すのだという。
望みを挫折させられて、その恨みを社会に晴らすために政治権力を握ろうとする人が多いそうなのだ。

僕は君たちに武器を配りたい
瀧本 哲史 (著)
講談社 (2011/9/22)
P203

 

 

DSC_4141 (Small).JPG企救自然歩道


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死ぬまで色欲 [雑学]

 ネット詐欺の第1位といえば、何を思い浮かべるでしょうか?アダルトサイト詐欺です。
高齢だと性的なことには興味がないとついつい思ってしまいがちですが、そんなことはありません。
ちなみに、消費者センターの「消費者トラブル110番」に寄せられた高齢者の相談では、1位がアダルトサイト、2位がパソコンサポート、3位が医療サービスでした。7)
~中略~
 出会い系サイトで、女性と知り合えると思ってお金をつぎ込んでしまうこともあります。こういった被害はもちろん男性が多いのですが、女性でも騙されてしまうことがあるのです。しかし家族には相談できないので、穏便に済ませようとお金を払ってしまいます。

老人の取扱説明書
平松 類 (著)
SBクリエイティブ (2017/9/6)
P172

DSC_4106 (Small).JPG企救自然歩道


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新しい文明の型への憧憬 [日本(人)]

  余談ながら、日本人があたらしい文明の型をみたときにうける衝撃の大きさとふかさは、とうてい他民族には理解できないであろう。
 日本人を駆りたてて維新を成立せしめたのは、江戸湾頭でペリーの蒸気軍艦をみたときの衝撃であるということは、すでに触れた。

 衝撃の内容は、滅亡への不安と恐怖と、その裏打ちとして新しい文明の型への憧憬というべきもので、これがすべての日本人におなじ反応をおこし、エネルギーになり、ついには封建という秩序の牢獄をうちやぶって革命をすらおこしてしまった。この時期前後に蒸気軍艦を目撃した民族はいくらでも存在したはずだが、どの民族も日本人のようには反応しなかった。
~中略~

事実、三年後にかれら(住人注;島津斉彬、鍋島直正、伊達宗城)のひきいるこの三藩が、相前後してそれをつくることに成功したことは、大げさにいえば世界史的奇跡といっていい。

花神〈上〉
司馬 遼太郎 (著)
新潮社; 改版 (1976/08)
P204



  

IMG_0009 (Small).JPG

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稼ぐ人間の分類 [経営]

儲かる漁師を分類すると、次の6つにそのタイプを説明することができるだろう。
1、商品を遠くに運んで売ることができる人(トレーダー)
2、自分の専門性を高めて、高いスキルによって仕事をする人(エキスパート)
3、商品に付加価値をつけて、市場に合わせて売ることができる人(マーケター)
4、まったく新しい仕組みをイノベーションできる人(イノベーター)
5、自分が企業家となり、みんなをマネージ(管理)してリーダーとして行動する人(リーダー)
6、投資家として市場に参加している人(インベスター=投資家)

 まず理解していただきたいのは、「資本主義社会の中で安い値段んでこき使われず(コモディティにならず)に、主体的に稼ぐ人間になるためには、この6タイプのいずれかの人種になるのがもっとも近道となる」ということである。

僕は君たちに武器を配りたい
瀧本 哲史 (著)
講談社 (2011/9/22)
P112

 

DSC_4138 (Small).JPG企救自然歩道

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