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患者として成熟する [医療]

 さて、外来へ通院するということには、たんに治療行為の反復といったことのほかに、患者さんなりに自分の病気をいかに受け入れつきあっていくのか、その方法を学んでいくプロセスであるといった意味合いがありましょう(ことに慢性疾患や経過の長い病気の場合)。
 プロセスの途中では、たとえば医者のやり方を疑ってみたり、民間療法に惹かれてみたり、「クスリなんて飲まないほうがいいよ」といった周囲の無責任な助言に従ってみたり、まあそういった一連の思考錯誤を経るのです。
 患者という立場においても「成熟過程」が存在するわけですね。患者として成熟するということはそれだけ病気が治らないということであり、悲惨な話ではあります。だが、悲惨なればこそ、成熟した患者にならざるを得ないということです。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P114

 

DSC_3038 (Small).JPG宗像 大島


タグ:春日 武彦
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国際法 [国際社会]

 軍使に起源を求められる外交官は、軍人の派生職種であり、相互に公認し合ったスパイなのである。国際法は、スパイのような非合法な存在を否定するが、そのような非合法の存在を想定しているのである。
 また、外交言辞(げんじ)において相手の非合法的行為を非難することがあっても、そのような悪徳は当然ながら、自分も行っていなければ主権国家失格なのである。
日本人は「建前と本音を使い分ける」などと非難されるが、これこそ欧州人の「建前」による非難にすぎず、日本人だけがこのような非難をされているという時点で、彼らのほうがむしろ巧妙に使い分けていると考えるべきである。
 当時から現代まで、国際法は外交官の武器だが、軍人の論理で成立している。
国際法には、軍事的合理性を抜きにした理想など、存在しないのである。もしそのようなものが外交交渉で国際法の名の下に飛び出したとしたら、誰かが自己の利益のために言いだす場合だけであろう。
~中略~
 一方、核軍縮の理想をいかに声高に唱えようと、最強の兵器として存在意義がある以上、小国こそ生存のために開発しようと躍起になる。むしろ核兵器拡散防止条約を推進した当時の核保有国が、どの国の核武装を警戒したかを考えなければ、国際社会の実相など見えないであろう。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P94

 

DSC_3827 (Small).JPG赤間神宮

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タグ:倉山 満
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帝国憲法 [雑学]

そして、(住人注;伊藤博文は)ウィーン大学のローレンツ・フォン・シュタイン教授に出会い、雷電に打たれたような衝撃を受ける。
シュタイン曰く、「憲法とは、その国の歴史・文化・伝統そのものである。日本の憲法を制定するならば、日本の歴史を研究しなければならない」と。
 歴史学派と言われるシュタインの教えこそ、伊藤が目指していた憲法の姿だった。  そもそも、Constitutionとは国家体制のことである。この語を最近は「国制」と訳すことが慣例だが、制度の意味合いしかなく不正確である。Constitutionには歴史・文化・伝統の意味が含まれるので、戦前流の訳し方である「国体」が正しい。
すでに存在する国体を明文化した国家統治の根本法が、憲法典(Constitutional code)である。
~中略~
 近代憲法の大原則に、人権尊重や民選議院がある。これらは「文明国の通義」と呼ばれた。「文明国の通義」とは、実質において守られていなければ文明国だと認められないグローバルスタンダードという意味である。
伊藤や井上はグローバルスタンダードを受けいれつつも、決して西洋からの借り物ではなく、自国の伝統より出でたものであるという理論武装を行った。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P154

 

 

DSC_3822 (Small).JPG赤間神宮

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タグ:倉山 満
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認知症の「中核症状」と「周辺症状」 [医療]

 もの忘れ、徘徊、妄想、日時や場所がわからない、失語、暴言、失禁、―どれも認知症の症状ではありますが、これらは「中核症状」と「周辺症状」に分け荒れます。
 認知症の直接的な原因は、「脳の神経細胞が壊れて、脳の機能に障害が出る」ことですが、中核症状とは、脳が機能しなくなったことで直接的に引き起こされる症状ののことです。
~中略~
②中核症状から派生する「周辺症状」
「BPSD]とも呼ばれる「周辺症状」とは、中核症状から派生して生じるさまざまな症状のこと。中核症状によって患者本人に不安がつのり、そこに不快感や焦り、体調不良、周囲の不適切な対応といったストレスが加わることで本人が混乱し、さまざまな症状が引き起こされます。
 たとえば、頻繁にもの忘れが起こり、自分で片づけてもそれを覚えていないために混乱して「誰かが盗んだ」と妄想して周囲を疑い出す―このケースでは「片づけたことを忘れる=中核症状」、「盗まれたという妄想=周辺症状」になります。
~中略~
 主な周辺症状は、暴言や暴力、興奮、抑うつ、不眠、昼夜逆転、幻覚、妄想、せん妄、徘徊、もの取られ妄想、弄便(排泄した便をさわる行為)、失禁など。
 家族による認知症介護では、中核症状よりもこうした周辺症状への対応に苦慮するケースが圧倒的に多くなっています。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P41

DSC_3284 (Small).JPG海峡花火大会


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ウェストファリア体制 [国際社会]

 一六四八年一月三十日のスペイン・ネーデルランドの講和条約調印を皮切りに、最終的には十月二十四日の講和条約正式調印に至り、ようやく三十年に及ぶ欧州の大戦は終結した。
 条約の主な内容は、以下の通りである。
~中略~
 この条約によって成立した体制を、ウェストファリア体制と称する。世界中の国際法の教科書では、次の三つの要点が強調される。
 一つは帝国から主権国家の独立、二つは対等な主権国家の並立、三つは教会権力と世俗権力の対等である。要するに、我々現代人が想像する主権国家は、ウェストファリア条約によって成立したのであり、広義にはいまだに世界はウェストファリア体制なのである。  ローマ教皇や神聖ローマ皇帝の支配を脱しようと、オランダ、フランスイングランドで始まった舌体王権による国家の統一とそれらの国々の並立は、ウェストファリア体制により、急速にヨーロッパ中に広まる。
 現代の国家は、土地を基盤とした領域国家であるが、この時点のヨーロッパはまだまだ属地法ではなく国王を核とする属人法の世界であった。
国王はその領内で権力を行使し、すべての特権階級を従わせる。そして他の国王の介入を許さないことで、現在に至る主権国家の原型ができあがるのである。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P85

 DSC_3761 (Small).JPG赤間神宮

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歴史を書き換えるのは勝者の特権 [国際社会]

支那大陸において、歴史を書き換えるのは勝者の特権である。中華民国においても、中華人民共和国においても、元、明、清のすべてが自分たちの祖先である中華王朝として扱われている。
 中華人民共和国公式見解では、満州、モンゴル、新疆ウイグル、チベット中国固有の領土である。いずれも、一度は中華帝国の版図になったことがあるからである。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P137

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タグ:倉山 満
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戦争はなくならない [国際社会]

戦争は魂を粉微塵に吹き飛ばす、という点だけは申しあげておきたい。
この大戦(住人注;1919年講演なので、第一次世界大戦?)において、人間性というすこぶる繊細な感覚は、原始的な野蛮行為の波を食い止めるために文明がいかに無能であるか、宗教がいかに無力であるかを知って衝撃を受け、麻痺状態に陥ってしまった。
~中略~
凶暴な祖先の感情に揺さぶられているわれわれは、深く残忍な原始的感情が今も昔も変わらぬ人間性を示すのを目の当たりに見て、仰天するばかりである。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P527

DSC00075 (Small).JPG

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傾聴 [言葉]

 相手が困っている時に有効なのは「傾聴」です。
傾聴とは、「相手に関心を持ち、相手を理解したいと願って、耳を傾けて相手の言葉を聴くこと」です。

マインドフルネス 「人間関係」の教科書 苦手な人がいなくなる新しい方法
藤井 英雄 (著)
Clover出版 (2017/5/25)
P98

DSC_3631 (Small).JPG海峡花火大会

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タグ:藤井 英雄
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金屋子神 [雑学]

 カツラの木は、古代以来、山で砂鉄を吹くひとびとにとって、聖木なのである。山中でタタラをおこすとき、そばに鉄の神の金屋子神(かなやこかみ)を祭るのが常だった。
その金屋子神というのは天から天降(あも)りするときにカツラの木を伝って降りてくる。このため、タタラのそばにかならずカツラの木が植えられた。
 金屋子神というのは、「古事記」や「日本書紀」には出てこない神である。
「古事記」や「日本書紀」に出てくる冶金の神は石凝姥命(いしこりどめのみこと)で、彼女はたしか天香具(あまのかぐ)山で鏡をつくったというし、また鹿の皮を剥いで天羽鞴(あまのはぶき)(フイゴであろう)をつくる技術ももっていたといわれている。
 余談だが、先日、紀伊の一ノ宮の日前宮(にちぜんぐう)(ひのくまぐう)に行って、宮司の紀さんから紀州鍛冶の話をうかがったとき、
 ―そういえば、このお宮に、石凝姥命も祀られています。
 と、いわれた。紀ノ川流域は古代から鍛冶がさかんで、その鍛冶たちが自分たちの技術の祖であるとされる石凝姥命をまつった。しかし中国山脈系では、この「記紀」による筋目の神は、まつられていない。
 中国山脈系はあくまでも金屋子神なのである。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P212

 DSC_3528 (Small).JPG海峡花火大会

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端境期の知性 [哲学]

内田(住人注:内田 樹) 前略~ おそらく医学もそうだと思いますが、自然科学では、ある仮説がだめになった後、次の有効な仮説が出てこない過渡期みたいな時期というのが、必ずあるんですね。そういうパラダイムとパラダイムの端境期には必ず混乱が起きるのですが、クリアカットな論理を好む人というのはそういうとき、古い理論にしがみつくか、まだ不安定な新しい理論にパッと乗り移ってしまうのかのどっちかになってしまうことが多い。
 でも実際には、そうした時期には新しいところもつまみ食いしながら、古い理論の使えるところも取るというような、いい加減で、中途半端なやり方が必要なんです。
 そういう端境期の「酸欠状態」を、息を止めて「グッ」と我慢する。それは、普通考えられているよりもずっとフィジカルな知性のあり方だと思います。瞬間的な判断力じゃなくて、どれくらいの時間、判断を保留したまま我慢できるのか。こういう「知性の量的な側面」というのは、なかなか問題にされてこなかったと思います。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P171

 

DSC_3057 (Small).JPG宗像 大島


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介護保険サービス [雑学]

 公的な介護サービスのなかで、いちばん基本となるのが「介護保険サービス」です。
これは介護保険法に基づき、認知症の場合は保険料を納めている40歳以上の人が受けられる、市町村が運営する介護サービスのこと。
サービスを受けるまでの一般的な手順は以下のとおりです。
①市町村の担当窓口で「介護保険サービスの利用」を申請する。
      ↓
②かかりつけ医による意見書の作成と、認定調査員による聞き取り調査が行われる。
      ↓
③書類をもとにして診査判定が行われる。
        ↓
④「要支援1~2」や「要介護1~5」と認定されると、さまざまなサービスを受けることができる。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P120

DSC_3398 (Small).JPG海峡花火大会


タグ:板東 邦秋
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患者さんを笑顔にする5つの”魔法のコトバ” [医療]

 1「大丈夫、だいじょうぶ」
~中略~
 2「いっしょに、~しましょう」
~中略~
 3「そうですね」
~中略~
 4「お願いしますね」「ありがとう」
~中略~
 5「ゆっくり、ゆっくり」
~中略~

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P104

DSC_3479 (Small).JPG海峡花火大会

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タグ:板東 邦秋
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素戔嗚尊 [雑学]

鳥上山というのは、スサノオノミコトがその山で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して天叢雲剣(あめのむらくものつるぎを獲った所として知られる。「古事記」にいう「肥河上(ひのかわかみ)なる鳥髪の地(ところ)」なのである。
 神話の中で、スサノオに退治られる鳥上山の八岐大蛇というのは、鳥上山にいた古代の砂鉄業者であるという。出雲ではたれもがそのように言うし、もっともな解釈かと思える。
 古代には砂鉄を採集し山中でこれを鉄にする専門家が群れを成して中国山脈を移動していた、というのが、この解釈の前提になっている。想像するに一団は百人以上だったであろう。
製鉄に人手がかかるだけでなく、採掘にも鉄穴(かんな)流しにも、そして山林の伐採や炭焼きにもおおぜいの人でが必要で、しかも仕事柄、かれらはチームを組まなければならない。このチームは当然ながら山間の盆地で稲を作っている農民の利益とは食いちがってしまう。
 山林を乱伐すれば雨期にはたちまち洪水がおこって田畑を流すし、水流に土砂がまじって、その水を引いている稲田が埋まってしまうこともある。
 しかし農民は結束力が弱いために、山中にいる砂鉄採りにとても抵抗ができない。
ここで、スサノオのような流浪の英雄の登場が必要になってくる。スサノオは高天原を追放されて出雲を放浪するうちにこの山村の村にきて農民のなげきを知り、鳥上山の山中のおろちに酒を飲ませ、酔ったところを見はからい、剣をふるって退治してしまう。
そのあと、土地の耕作者である脚摩乳(あしなづち)の娘である奇稲田姫(くしなだひめ)をめとるのである。
 前期の解釈でいう砂鉄とりの集団は、当然、出雲の沖のかなたにある朝鮮半島からやってきたひとびとであろう。近世でも砂鉄にたずさわる連中は山中で男ばかりの暮らしをしているために気が荒く、ふもとの農村とのあいだにたえずトラブルがあった。そういう暮らしの中にいた出雲のひとびとにとってこの神話の解釈は、解釈というよりも暮らしの反映であるともいえる。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P236

 

 

DSC_2809 (Small).JPG須佐神社

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認知症の最初期の人への対応 [医療]

家族によっては、失敗したお年寄りに向かって「また忘れたの?」「ぼけたんじゃない?」などと言う人もいますが、これは禁句です。
そうでなくても「何か変」な自分に不安を抱いているのですから、追いつめてはいけません。
 むしろ基本は静かに見守りつつ、もし声をかけるなら、傷つかないように、否定しないように注意しながら、「こちらのほうがいいのでは?」と別の選択肢を示してはどうでしょう。あるいは、本人の気持ちの状態に応じて、フォローする程度にとどめたほうがいいと思います。
 もうひとつ、認知症の最初期に特有の問題として、本人に認知症である(あるいはその疑いがある)ということを伝えるか否かという、「告知」の問題があります。言わなければ前へ進めない、だが伝えることで相手を傷つけるのはためらわれる―介護者はこのようなジレンマに陥りがちです。
~中略~
 認知症と言っても、いきなり何もかも忘れてしまうわけではありませんし、先に書いたとおり、原因疾患によっては物忘れが比較的軽い認知症もあります。「何か変だ」と不安を感じている人にとって、やたらと告知するのは危険をともないかねません。病名を伝えるかどうかよりも、その人の不安感・恐怖感に寄り添って見守ることを、第一に考えた方がいいのではないでしょうか。

P147
 ほかに、認知症の人は行動にも特徴が出やすいので、介護者は注意して見てください。たとえば、認知症の初期の人は人前ではしっかりしていて見分けがつかないとよく言われますが、私の経験では30分もたつとそわそわし始め、畳を触ったり、座布団の端をいじったりと、落ち着かなくなることが多いように思います。  いわば長時間”いい子”状態でいるのに耐えられなくなるのでしょう。

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ
右馬埜 節子 (著)
講談社 (2016/3/23)
P81

DSC_3220 (Small).JPG海峡花火大会

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ストレス [言葉]

 ストレスとは、なんらかの「刺激」によって心身に「ひずみ」が生じた状態のことをいいます。そして、ひずみの症状であるストレス反応は、心と身体の両方に現れます。
 たとえば、怒りや不安、悲しみなどが、心のストレス反応。心拍数や血圧の上昇、発汗などが、身体のストレス反応です。
これらは急性的な症状であり、日常生活にもさほど差し支えありませんが、ストレスが慢性化して、ひずみが大きくなると、心身の健康を損ねるような深刻な事態になりかねません。そうなる前に、早期に自分のストレスに気づき、対処することが重要です。
 ストレスの原因となる心理的な刺激は、大きく「ライフイベント」と「デイリーハッスル」の二つに分かれます。
 ライフイベントとは、受験就職結婚、そして、まさに「リーダーになる」といったような人生の節目の出来事。先に述べた「過去への執着」や「未来への不安」によるストレスは、ライフイベントのストレスということになります。
 そして、デイリーハッスルとは、「電車に乗り遅れる」「上司に怒られる」など、日常に起こる些細な出来事。職場での人間関係のストレスなども、このデイリーハッスルのストレスです。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)
P26

 

DSC_2735 (Small).JPG植田正治写真美術館

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植民地にならなかった国 [日本(人)]

 「アジア、アフリカで植民地にならなかった国は、日本のほかに・・・・どこだろうな?おそらくひとつかふたつしかないとおもうよ。昔は一般的に、”日本、タイ、エチオピア”と言われていたけれど、エチオピアは第2次大戦前、イタリアに攻め込まれたし。あとはタイだけだろうな」
「え?そんなに少ないの?」
「日本は運がいい。いや、うんがいいのでなく頭がよかったのだろうな。だって織田信長のころ宣教師が来日したときや、徳川時代の終わりに西欧の国々が開国をせまったときも、植民地になる危機があったわけだろ?」
 ハッとした。そういう考え方を日本の学校の歴史の時間に習った覚えがないからだ。たぶん、今の日本の中学生、高校生も習っていないだろう。幕末の日本人の中で、アフリカや南米と同じように日本が植民地になるという恐怖を抱いた人が、はたしていたのだろうか。
 第2次世界大戦の敗戦のあとも同じで、「アメリカに占領される」とは言っても「植民地にされる」とは言わなかったのではないか。この時期、欧米列強は植民地の発想は捨てていたかもしれないが、日本列島を分割占領する案が検討されていたとも聞く。

一度も植民地になったことがない日本
デュラン れい子 (著)
講談社 (2007/7/20)
P91

 

P1000048 (Small).JPG京都タワー

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気合で治す [医療]

 もしある方針で失敗したとしても、それはベストを尽くしたことと同義であってあとは運の強さの問題でしかなかったと思い切れる場合と、多かれ少なかれ自分の浅学菲才に帰せられる場合とがあるだろう。
ときおり、前者のようなケースなのにぐずぐずと嘆いたり悩んでいる医療者を見かけるが、それはただのナルシズムの裏返しである。
そうでなかったら、医者への適性はない。後者のようなケースであったとしたらせめて失敗を今後の反省材料とするしかあるまい。~中略~
 私の印象では、臨床において、あまりにもトンチンカンな間違いをしでかして失敗に至るケースは滅多にない。
自分に対する猜疑心や心許なさがマイナス方向に作用して自滅することのほうがずっと多い。逆に、自信と確信に裏付けられていれば、実際以上の効果が上がる可能性が高い。
 この事実をもっとくだけた言葉で言えばどうなるか。おそらく「気合で治す」ということになるだろう。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P018

 

DSC_3056 (Small).JPG宗像 大島

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日本は幸せな平和な国 [日本(人)]

  「日本の歴史をつぶさに調べれば、この国の人々の体験からほとんど欠落しているものが三つあることに気付く。それは、本格的な籠城戦、計画的な皆殺し、そして人民の武装抵抗、つまりゲリラ戦である」
 右は、あるドイツの戦史研究者が書いた文章の一部である。
 確かにそうだ。世界史的常識の尺度で見た場合、この三つは日本史のなかにほとんどない。
~中略~
「小田原評定」などという言葉を生んで、長期攻防のの代名詞となっている北条氏の小田原城もちょうど三カ月で投降・開城しているのである。
 外国では、数カ月程度のものは「籠城」とはいわないのが普通である。「本格的な籠城戦」というのはすくなくとも一年、一般には収穫期を二度以上過ごしたものをいう。
フビライの元軍に包囲された襄陽(じょうよう)は五年間持ちこたえた。十字軍の城、アッコンは七年間の包攻に耐えた。アサッシン教団の本拠、ペルシャのラムアッサール城は、フラグの大軍に蟻も這い出せぬほどに厳重な包囲を受け、なお十七年間戦い続けた。この堅固な城塞が陥落したのは、衣服がすり切れて凍死者が続出したためといわれて永る。
計画的に組織された皆殺しも日本史にはほとんどない。日本では、戦いに敗れ、亡国落城の悲運に見舞われても、生命を失うのは殿様とその一族や少数の重臣だけで、不運な戦死者を別にすれば、中堅以下の武士はたいてい助命され逃亡する。ときには、城主・大名でさえ生命ばかりは許されて入道して余命を全うすることができることもあった。
 まして、非戦闘員の農民・町人になると、偶然の手違いか気まぐれ以外では殺されることはまずない。このことは現代に至るまで日本人の戦争観を支配している。
太平洋戦争中に、日本人はかなり大量の現植民を殺害したが、そのほとんどは将兵の逆上か不本意な手違いによるもので、計画的組織的なものではない。日本軍の「残虐行為」は刑事犯罪的ではあっても、計画的政治犯とはいえないのである。
 ところが、ヨーロッパや中東や中国では、計画的に組織化された皆殺しが、何百回となく繰り返されている。敗軍の将兵はもちろん、非戦闘員たる農民・市民・女・子供に至るまでを殺し尽くした例がいくらでもある。
~中略~
一七世紀の三十年戦争においては、ドイツ皇帝の軍も、スウェ―デン王やフランス王の軍も、町ぐるみの皆殺しを何十回となくやっている。ために、この長い戦争の間にいくつかの大都市が無人と化し、全ドイツの人口は三分の一に減ったといわれている。現代史の範囲に入ってからも、トルコ人はアルメニア人に対して、ナチはユダヤ人に対して、緻密な計画のもとに伝統的な蛮勇をふるっているのである。
 日本史におけるゲリラ戦の欠如も明白だ。日本では、戦争といえば戦闘要員同士が堂々の隊伍を組んで行なうものと決まっているらしく、森に潜み山に隠れてこっそり敵の寝首をかくような「卑怯な真似」をする者はまずいない。城を奪われ地府が陥れば、戦争は終るのが普通である。
~中略~
 したがって、日本人が経験した戦争は、ほとんどすべて国内戦争であり、同一の民族の中での共通の倫理観を持つ者同士が争うものであった。つまりそれは、土地、住民の支配権や商業利益を争奪する一部上層階級の権力闘争に過ぎなかったのである。この意味では、日本人の戦争はみな、「秘匿性のないクーデター」だったといえる。
 異なる民族、異質の倫理観―そのなかには宗教、思想、生活慣習などの一切が含まれる―の間の戦いと、共通の倫理観を持つ均質的民族同士の争いとは、全く違う。前者を革命戦争とすれば、後者は自民党内の派閥争い程度でしかない。
 異なる倫理観をもつ異民族との戦いは、考え方と民族の存亡を賭けたものだから敵対者に対して峻烈を極める。異なる倫理を押しつけられてはかなわないからゲリラになっても抵抗する。ゲリラをやられては困るから皆殺しもしたくなる。皆殺しは怖いから非戦闘員も城壁のなかに入り、長期籠城に耐える。外国の都市がみな城壁に囲まれているのはこのためである。
~中略~
 こう見てくると、日本はまことに幸せな平和な国だったことがわかる。したがってそこに住む人間も、軍事的発想に疎く、安全保障の概念を失っている。
 


歴史からの発想―停滞と拘束からいかに脱するか

堺屋 太一(著)
日本経済新聞社 (2004/3/2)
P91



P28
 近代的とは、文明的と言い換えてもよい。事実において、日本は世界に誇るべき近代文明を有している。世界で最も治安が良く、豊かで、そこに住む人が親切な国が日本である。これは間違いなく誇ってよい。
 だからこそ、他の国が何を考えているかを理解できないのであるし、「近代」「文明」の何たるかを理解しにくくなるのだ。「平和」「秩序」「自由」「清潔」などを、空気のように所与の前提と思っていまうのが日本人である。一回でも海外旅行に出たことがあるならば、日本のありがたさを思い知るだろう。

P104
本章では、絶対主義の確立と宗教戦争の終結、そして近代化の原初段階を概観したが、日本人にとっての当たり前が、ヨーロッパ人にとっては当たり前ではなかった。
この事実に対する無知と無理解こそが、歴史問題を考えるうえでの障害なのである。

P133
 一八〇八年、イギリス船フェートン号が長崎で狼藉を働いたが、日本は何もできなかった。オランダ船を装って乱入し、ナポレオン戦争で敵国民であるオランダ人を拉致し、奉行所から身代金代わりに食料と燃料を奪い、悠々退散したのである。
この頃の江戸幕府は天下泰平に慣れており、警備の佐賀藩は兵を派遣していなかった。
 江戸幕府には、オランダ商館から年に一度提出される「オランダ風説書」の情報から変化を読み取り、本国がナポレオンに併合されていることを見抜くような知見に優れた官僚も存在した。
 しかし、後に「大御所時代」と呼ばれる長い統治を一七九三年に開始した十一代将軍徳川家斉の治世は、弛緩の極みであった。家斉が死ぬ一八四一年まで、日本は五十年に及ぶ太平の眠りにつく。
 すでに日本が鎖国と称する武装中立を行なえなくなっていた時代、大御所時代の五十年をかけて、ヨーロッパ白人列強はユーラシア大陸を東進していく。

P142
 天文十八年(一五四九年)のフランシスコ・ザビエルによるカトリック伝来以来、日本は白人の侵略を撥ね返してきた。それだけの実力があった。しかし、江戸時代を通じてロシアの脅威が迫り、アヘン戦争により大英帝国の摩手を実感したとき、日本は並大抵の自己改革では生き残れないことを悟った。
 嘉永六年(一八五三年)、日本人はペリーの黒船に圧倒された。こっかの生存が鉄と金と紙によって決するならば、軍事力と経済力で日本人が劣っていることは明らかだった。すなわち、鉄と金では完敗だった。しかし、紙では決して負けなかった。
 紙とは外交力と文化力である。判断力も範疇に含まれる。幕末動乱は平坦ではなかったし、明治維新への道は一直線ではなかった。しかし、嘉永六年から明治元年(一八六八年)までの十五年間の歴史を通観すれば、日本人は民族として、国家として、大きな誤りは犯さなかったと言える。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)










伊勢神宮 内宮 (83).JPG伊勢神宮 内宮

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空海でもうつになる  [養生]

 さて、3ケ月ほどで空海のうつ病が改善したのは、いくつかの可能性が考えられる。 第2には、うつ病は元々、自殺さえしなければ、6ヶ月程度で自然寛解するものである。症状が軽い場合には、状況が変わったり、休息を取ったりすることで、短期間で治るっ可能性も高い。
表現は適切ではないが、心の葛藤やトラウマ(心的外傷)などが長く続いて発症する重篤なうつ病ではなく、身体的な疲労に続くうつ病であったために、休息などによって短期間に回復した可能性である。
 第3に、懐かしい高雄山に戻れたという安堵感や親しい人たちとの再会も、うつ病の治癒機転に拍車をかけただろう。
 さらに、現代の欧米でうつ病に有効とされている「運動療法」や「マインドフルネス瞑想」という仏教の瞑想法なども、空海は修行のなかで、無意識のうちに行っていたのでなないだろうか。

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う
保坂 隆 (著)
大法輪閣 (2017/1/11)
P117

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施設どき [医療]

”施設にお年寄りを入居させる”と言うと、「かわいそうだ」とか、「つらくてとてもできない」という意見が出てくることがあります。
そのような見方を全面的に否定するつもりはありませんが、こと認知症介護について言えば、情や世間体に構っていられない場合もあると思います。
 その意味で、どんな介護にも施設に頼るべき「施設どき」というものがあります。

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ
右馬埜 節子 (著)
講談社 (2016/3/23)
P152

DSC_3230 (Small).JPG海峡花火大会

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対日批判の政治利用 [国際社会]

 さて、井上博道君である。
 かれは駕洛国の王陵に感動し、そのまま陵域を去りかね、この異国の古代王の霊をなぐさめるべく施餓鬼のお経をよんだほどに心の優しい人だが、かれの優しさは、この慶州仏国寺の松林ではさんざんであった。
「なぜ写真をとるのか」
 と、歌垣のなかから、この一群の指導者らしい人物から突っかかられたということは、さきにのべた。
その人物だけがこの松林のふんいきとはかけはなれていて、かれだけが背広を着、彼だけが工業高校出らしい風貌をもち、かれだけが井上君に対して細かくつめたく光る視線を絶えずむけていたらしい。
 それまで井上君は、あちこちの輪にまじって踊っていたというのである。井上君はすぐ踊りをおぼえた。
たれもこのまるい肉付きの日本人(イルボン・サラム)を快く受け入れ、一つの空気のなかで踊った。
 ところが、背広氏だけはゆるさなかった。なぜなら踊りに熱中していた井上君がときどき写真をとることを思い出し、ときどきシャッターを押した。それが、背広氏の気に障ったのである。
「また日本で悪宣伝をするつもりか」
 と、眼球まで赤く充血させて、背広氏は怒ったのである。すべて韓国語であった。勇敢なミセス・イムが足早に背広氏に近づき、語尾の美しいソウル言葉でなにを誤解しているのか、ときいた。
「誤解なんぞはしとらん」
と、私は韓国語がよくわからないから、かれの血相からみてそう叫んでいるようであった。
あるいはもっとひどいことをいっているのかもしれない。 背広氏は、かつての大統領李承晩(イ・スンマン)
の反日教育で徹底的にきたえられた世代に属しているようであり、一個の観念が、井上君をみることによって爆発したらしい。
~中略~
 といって、井上君がべつに不都合なふるまいをしたわけではない。ただ背広氏の頭には強烈な日本人観が充満しており、その観念が、たまたまこの大田舎で日本人を見たということでごく図式的に亀裂し、導火線に火がつき、ついに井上君のシャッター音を聞くに及んで大爆発を遂げてしまったというわけで、この種の観念による大爆発という精神体質は、おなじ東アジアでも漢民族にはあまりなく、おたがいツングース人種に多い。
 背広氏は、五度は繰りかえした。井上君を罵倒すると踊りの輪にもどってゆき、またやってきてはどなるというふうで、そういう所作を繰りかえすうちに口もとがゆがみ、顔がいびつになってしまったようであった。
~中略~
 ところがその背広氏が井上君に噛みついている間、踊りの中にいる杖鼓たたきのえびす顔の男性が、井上君のほうにむかって、何度もウィンクを送っていた。
 ―構うな、気にしなさんなよ。
 という意味であることは、われわれによくわかった。同時に私は、
「これはどうやら日韓問題ではありませんね」
と、ミセス・イムにいった。国内の選挙問題であるようで、たまたま私どもがこの松林にいるこの時期が国会議員選挙の真最中だったのである。背広氏はおそらく某候補の運動員として部落中の有権者をひき具(ぐ)してこの松林に野遊びにきているというふうであり、井上君にどなることによって有権者たちになにがしかの感銘をあたえようとしている様子であった。


街道をゆく (2)
司馬 遼太郎(著) 
朝日新聞社 (1978/10)
P103





DSC_0600 (Small).JPG鶴林寺 (加古川市)

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歴史 [国際社会]

 歴史というのは、国家と民族が、たえず変転する国際情勢の中で、生き延びようとする必死の努力が集った大きな流れであり、戦争も平和もそのなかに生まれる巨大な政治社会現象であって、その是非善悪など軽々に論じられるものではありません。

岡崎 久彦 (著)
教養のすすめ
青春出版社 (2005/6/22)
P17

-a526c.jpg大山自然歴史館から美保湾

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マインドフルネス [言葉]

 マインドフルネスとは「今、ここ」に生きることでネガティブ思考を手放し、ナガティブ感情を癒す素晴らしいスキルです。

マインドフルネス 「人間関係」の教科書 苦手な人がいなくなる新しい方法
藤井 英雄 (著)
Clover出版 (2017/5/25)
P11

DSC_3495 (Small).JPG海峡花火大会

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合わない人とは会わない [対人関係]

人間は、たくさんいます。
この日本には約一億三千万の人間がいます。こんなにたくさんいるなかで、よりによって嫌な人間と付き合う必要はありません。
 嫌な人間と付き合って苦しい思いをしながら、しあわせにはなれません。合わない人とは会わないで、その間、自分がしあわせになることをやっていればいいんです。
そうすると、不思議なもので、しばらくぶりに会ったときに、仲良くしていられます。

斎藤 一人 (著)
ツイてる!
角川書店 (2004/8/7)
P124

2301859室生寺への道すがら道路わき1

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日本の復活など諸外国にとって悪夢に過ぎない [国際社会]

 日本の保守勢力は歴史問題の深刻さを理解していないからこそ、「我らの安倍内閣ができた以上、戦後レジームから脱却できる」と舞い上がる。
「戦後レジーム」とは「日本を敗戦国のままにさせる体制」のことである。
 誰が、戦後レジームからの脱却を望むのか。台湾やASEAN諸国、あるいはインドのような親日国は望むかもしれない。しかし、いずれも小国である。~中略~
 逆に周辺諸国ではどうか。台湾以外のすねての隣国が、日本には永遠に敗戦国のままでいてほいしいと願っているのである。
 まず、中国が日本の復活など望むだろうか。ありえない。
 あらゆる面で国益が衝突する中国は、第二次世界大戦の敗戦国なのである。中国(当時は中華民国)は日本に対しては全戦全敗であった。米国の介入がなければ間違いなく蒋介石は殺されるか降伏していた。
~中略~
 しかも現在の中華人民共和国は、「侵略者日本に打ち勝った中国共産党」の歴史を支配の正当性としている。日本の復活など死活問題である。
 次に、ロシアである。
 日露戦争の敗北は、ロシア人にとって拭えない屈辱である。そしてこれを、スターリンによる騙し討ち、日本の降伏六日前の参戦と言う卑怯な形でしか復讐できなかった。
~中略~
 なお、イギリス人とオランダ人にどれほど恨まれているかについて、日本人はまったく無自覚だ。日本はアメリカにこそ敗北したが、その過程でオランダを踏み潰し、大英帝国と刺し違えているのである。 
 日本と戦ったがゆえに、オランダもイギリスもその版図を失ったのだ。しかも戦闘においては、日本に対して完敗の連続である。日本は英蘭に対しては戦勝国である意識が欠落しているのだから、敗者の怨念に無自覚なのは当然である。
 中露両大国の威光を借りて日本への敵意をむき出しにするのが、朝鮮半島の二つの小国である。
北朝鮮に関しては言うに及ばない。~中略~
 厄介なのが韓国だ。アメリカは、日本及び韓国と軍事同盟を結んでいる。日韓は友好国のはずだ。ところが、韓国は日本への敵視をやめない。事あるごとに歴史問題を持ち出す。李明博前大統領は国内世論に媚びるために竹島に上陸し、天皇への謝罪を要求した。
 日本敗戦後の韓国人(朝鮮人)は「第三国人」と言われた。これは「戦勝国でも、敗戦国でもない国の人」という意味だが、不正確である。
韓国人(朝鮮人)は、戦時中は日本国民であり、ともに戦った同胞である。
 満州事変や支那事変ではむしろ、日本陸軍が驚くほど漢民族への反感を剥き出しにし、よく協力している。それが日本の敗戦により一夜にして裏切り、いわば「落ち武者狩り」をする側に回っただけの話である。
 北朝鮮はもちえろん、韓国にとってもやはり日本の復活など悪夢に過ぎない。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P18

DSC_3675 (Small).JPG海峡花火大会

 

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ユマニチュード [言葉]

「ユマニチュード(humanitude)という言葉をご存知ですか。
 約40年前、フランスでイブ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティというふたりのフランス人(ともにスポーツ介護士)によって考案された認知症ケアの手法のこと。
「ユマニチュード」とはフランス語で「ヒューマン(human=人間)の意味があります。
 認知症の患者さんに対して、病人ではなく「ひとりの人間」として接し、人と人とのつながりに重きを置くアプローチは、先に述べたイギリスの「パーソン・センタード・ケア」とも相通じるものがあります。
 ユマニチュードの基本は、
1笑顔で見る、目をあわせる(LOOK)
2話しかける(TALK)
3触れる(TOUCH)
4立つように促す(STAND)
という4つの技法を柱にして、認知症の人とコミュニケーションを図るというものです。頭文字をとって「LTTS」と覚えてください。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P83

DSC_3305 (Small).JPG海峡花火大会


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安来 [雑学]

安来平野には南の方の中国山脈から、伯太(はくた)川と飯梨(いいなし)川が流れて野をうるおしつつ、中海に入っている。
この河川の上流の山々―とくに出雲・伯耆(ほうき)の国境付近―が、古来、良質の砂鉄を出すのである。~中略~
中国山脈は山陽道の側も古来砂鉄を出しつづけてきたが、質は伯耆国境のそれに劣っている。この方面の砂鉄は、おもに農具にむけられ、また熔かして鋳物用にもちいられたりしてきた。
 古来、精妙な鋼(はがね)の材料になってきたのは出雲砂鉄であり、とくに伯耆国境のそれである。
この出雲砂鉄が鋼塊のかたちにされて山から海岸へ運び出され、この安来港にうかぶ和船に積みこまれて全国に送られた。江戸期、安来の栄えは、鉄によるもので、そのにぎわいは安来節の古い歌詞の、  安来千軒 名の出たところ  社日桜十神山(とがみやま)  に、しのぶことができる。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P209

島根県安来市 清水寺

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パーソン・センタード・ケア [言葉]

 近年、認知症介護の現場でゆく耳にする「パーソン・センタード・ケア」という言葉があります。イギリス生まれの認知症介護の考え方なのですが、日本語に訳せば「人(患者)を中心に置いた介護」、もっとかみ砕けば、
 認知症の患者さんをひとりの人間として尊重し、尊厳を守り、患者さんの視点や立場に立って理解して行なう介護
  とうう意味合いになります。
 また、介護する側の効率を重視・優先するような栄養(食事)と排せつ、体の清潔といった最低限の画一的なケアだけでなく、患者さん本人の気持ちや個性、さらにはその人の人生を十分に考慮しながら行なうケアとも言えます。
「そんなの当たり前でしょ」と思うかもしれません。「あえて提唱するようなことではない当然のこと」という声もあるでしょう。
 しかし嵐のように忙しく過ぎていく毎日の現場のなかで、いつしか「当たり前」や「当然」が置いてきぼりにされてしまうことも少なくありません。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P69

DSC_3300 (Small).JPG海峡花火大会


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五十の坂とか六十の峠 [人生]

 このごろ私はお墓まいりが苦労になってきて、こうまってしまう。
~中略~
 怠慢もたしかだが、からだが苦労になってきたこともいなめない。五十の坂とか六十の峠とかいうが、坂とはうまくいったもので、登ろうと思えばどうにか登りはするものの、息は切れるし、耳は鳴りだす。
下れば下ったで膝はがくがくするし咽喉はかれる。登るも下るも、してできないことはないが、くたびれるのである。
墓参をして、疲れて、そのあと食事の仕度、風呂の仕度に人手をわずらわしているのでは、何がご供養だかわからないことになる。
かといっておまいりをしないのもおちつかない。
(一九六五年 六十一歳)

幸田文 台所帖
幸田 文 (著) , 青木 玉 (編集)
平凡社 (2009/3/5)
P137

DSC_9706 (Small).JPG平山温泉 湯の蔵

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認知症と向き合う [医学]

(住人注:認知症の)Sさんはすでに、ご家族の判別がつきません。私たち看護師をあるときは奥さん、あるときは娘さんと認識して話しかけてきます。その場合、私たちは絶対に否定しません。
否定しても患者さんが不安になったり混乱したりするだけなので、必ず話を合わせます。
~中略~

 ある日、地元で暮らす妹さんがお見舞いに訪れました。
もちろん妹さんは、自分の兄が認知症であることを知っていると思います。でも病室に入るなり、Sさんに向かって「私が誰だかわかる?名前を言ってみて」と声をかけたのです。
Sさんが答えられずにいると、なのも、「兄さん、私のこと忘れちゃったの?」と質問します。それが2~3分続いたでしょうか。Sさんはとうとう「うるさい!」と声を上げ、車椅子で病室を出て行ってしまいました。

 あっけにとられている妹さんに、私は言いました。
「Sさんは今、一生懸命あなたのお名前を思い出そうとしていましたよね。でもご本人にしてみれば、自分が忘れてしまったことを問いただされるのは、ものすごくつらいことなんですよ。だから今度いらしたときは、ご自分から名乗ってあげてくださいね」

 自分のことを覚えていてほしいという、ご親族の気持ちはわかります。
でも、患者さんはそうしたくて忘れたわけではありません。いくら思い出そうとしても、記憶の引き出しが開かないのです。
そこで無理やり引き出しをこじ開けようとすると患者さんは混乱し、イライラ感を募らせたり乱暴を働いたりします。

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付
日本精神科看護技術協会 (著), 末安民生 (著)
朝日新聞出版 (2010/11/12)
P140

-d4886.jpg信濃美術館・東山魁夷館1

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